2026年9月13日日曜日

ヒーローは要らない

 ヒーローは要らない


ニュース番組で、ニューヨークの追悼式典の映像が流れている。

あれから25年。

2001年9月11日、ハイジャックされた4機の飛行機が世界貿易センタービルと国防総省に突っ込んだ。このテロ行為が海外の新聞で »kamikaze »と書かれていたのを読んだとき、複雑な思いがした。犠牲者は日本人24人を含む、2977人。世界貿易センタービルで犠牲になった2753人のうち、約40%の1099人の身元がまだ特定できていないという。


当時のことをはっきりと覚えている。9月11日の数ヶ月前、ニューヨークの友人を訪れたばかりだったからだ。歩き慣れないマンハッタンを右往左往する私に声をかけてくれたのは、朝の勤務に入る直前の現地の消防隊員だった。観光に来たのならこの通りがおすすめだよと親切に教えてくれた。ニュースを見たとき、まっさきにその人のことが頭に浮かんだ。ニューヨークを愛し、ニューヨークを守る使命感に溢れたあの人は大丈夫だろうかと。少しでも多くの人を救おうと、多くの消防隊員が殉職した。彼らをメディアは英雄(ヒーロー)と呼んだ。



ちょうど今、カナダ大使館の高円宮ギャラリーで開催されている写真展のタイトルを思い出した。「ヒーローは要らない」だ。モントリオールを拠点に活動するビジュアル・アーティスト、キム・ワルドロンによる写真展。日本、オーストラリア、カナダのケベックでの森林保全の活動を写真におさめている。「ひとりの英雄(ヒーロー)に頼らずに活動しよう」という思いがタイトルに込められている。

今、このタイトルは私の中で別の方向に歩きを始めた。

「誰かをヒーローと呼ぶことになるような事態を、何がなんでも避けなければならない」という言葉に。

 私たちひとりひとりにできることはそれほど多くはないのかもしれない。

 それでも、できることは確かにある。

 小さなことでもいい。消防隊の人たちが出動しなくてもすむ状態をつくることは、きっとほんの少しの努力でできるはずだ。火の元を注意する。スマホやモバイルバッテリーが熱を持っていると思ったら充電を中断する。そんな小さなことでもいい。

こんなことでもいい。憎しみを人にぶつけない。考えが違うと思ったら、尊重しながら距離を置く。話し合う必要が生じたら相手が言葉をどう受け取るか考えながら話す。仲良くする必要はないけれど、敬意を忘れないこと。こんなことの積み重ねを私たちひとりひとりがすることができたら、きっと飛行機が高層ビルを狙う事態もおきなくなるだろうし、それによって命を落とす人もいなくなる。消防隊員の人たちがヒーローと呼ばれなくてよくなるんじゃないか……そんなことを考えながら、今年の9.11を過ごした。


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<展覧会概要>

 

『キム・ワルドロン 「ヒーローは要らない」

 

2025年9月23日(水) まで

10:00~17:30(最終入場 17:00)
休館日:土曜日、日曜日 

場所:カナダ大使館高円宮記念ギャラリー 

(東京都港区赤坂7-3-38 地下鉄「青山一丁目」駅より徒歩5分)
入場: 無料 

 

政府発行の写真付身分証明書(運転免許証、パスポート等)を持参のこと。

 

 

カナダ大使館高円宮記念ギャラリーの公式サイト

https://www.international.gc.ca/country-pays/japan-japon/galerie-prince_takamado-gallery.aspx?lang=jpn


2026年8月19日水曜日

岸恵子さん、フランス映画の魅力を語る(フランス映画祭2019のトークショーより)

俳優・岸恵子さん死去の知らせが届きました。

横浜で開催された「フランス映画祭2019」では、『男と女 人生最良の日々』の上映後に登壇、映画の魅力を語ってくださいました。当時の記事を再掲載いたします。

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フランス映画祭2019を終えて

フランス映画祭2019レポート その1

 梅雨の晴れ間に開催された、フランス映画祭2019横浜。
 今年、頭に浮かんだキーワードは「年を取るのはこわくない」だった。


『男と女 人生最良の日々』(原題:Les Plus Belles Années d'une vie

 「こんなこと、日本で信じられますか!?」と、上映前のトークショーで艶やかな感嘆の声をあげたのは、女優の岸恵子さん。同じ監督、同じ主演俳優で、登場人物の53年後が描かれたこの映画。1966年の『男と女』(Un homme et Une femme) を知っている人も、見たことのない人も、どれだけ感動することだろう。記憶を失いかけ、車椅子の生活になっても恋はできる。後悔があってもやり直すことができる。ジャン=ルイ・トランティニャンは、今88歳、アヌーク・エーメは87歳、そしてクロード・ルルーシュ監督は、81歳! 映画に恋をして、ずっと恋をし続けて、気づくとここまで来たと語る監督を見ていたら、年を重ねるということは、恋心を積み重ねることなんだと感じた。

クロード・ルルーシュ監督(左)と岸恵子さん(右)
2019年6月21日撮影 Mika Tanaka


『ディリリとパリの時間旅行』(原題:Dilili à Paris

  可愛い少女が青年とパリを舞台に活躍するこの映画を届けてくれたのは『キリクと魔女』で知られる、ミッシェル・オスロ。今は78歳。「自分の中で、力がみなぎっている感じがある。もっと仕事をしたいという気持ちは衰えたことがなくて、はやく次回作にはやく取りかかりたいと思っているんだ」と、インタビューのときに語ってくれた言葉が印象的だった。


観客の質問に答えるミシェル・オスロ監督
2019年6月22日撮影 ©Mika Tanaka



そして、実話に基づくこの2作品。

『アイディアル・パレス シュヴァルの理想宮()
(原題:L'Incroyable Histoire du facteur Cheval

 50代の郵便配達員・シュヴァルが娘の誕生をきっかけに取り組んだ一大プロジェクトは、宮殿づくり。子供たちがかくれんぼや迷路ごっこをする遊び場としての宮殿は、完成まで33年の歳月を要した。すべての作業を終えたとき、シュヴァルは80歳をとうに超えていた。
 

© 2017 Fechner Films - Fechner BE - SND - Groupe M6 - 
FINACCURATE - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma
                                                                                    


『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』(原題:Le Grand Bain

 スウェーデンに実在する男子シンクロナイズド・スイミングチームがモデル。うつ病がきっかけで会社を辞めた引きこもり、キレやすい社長、事業に失敗したセールスマン、虚言癖のアーティスト、内気な恋愛未経験者……ミドルエイジのさえないおじさんたちが世界選手権の金メダルをめざして奮闘する。主演のマチュー・アマルリックの表情がどんどん明るくなっていく過程が嬉しい。



© 2018 -Tresor Films-Chi-Fou-Mi Productions-Cool industrie-Studiocanal-
Tf1 Films Production-Artemis Productions


 おなかが出て、しわが増えて、体力が落ちてきても、失わないものがある。そして、年を取ることでしか得られないものもある……素敵なメッセージを届けてくれて、ありがとう。


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<本ブログ内リンク>

『フランス映画祭2017』を終えて
この年のキーワードは「赤ちゃんパワー」でした。

フランス映画祭2016が始まる
この年のキーワードは、「迷える大人たち」


<関連サイト>

今週末から上映が始まります。

『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』

/12(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開

2026年7月13日月曜日

『ビトゥーカ ミルトン・ナシメント フェアウェルツアー』 (Bituca Milton Nascimento Farewell Tour)


 『ビトゥーカ ミルトン・ナシメント フェアウェルツアー』

Bituca Milton Nascimento Farewell Tour) 




            ©️ GULLANE ENTRETENIMENTO S.A / ReallyLikeFilms + Palmyra Moon


 

 ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)。

その名前は、優しい響きがした。そのときは、ブラジルのミュージシャンであること以外の情報はなかった。あれから30年近い歳月が流れただろうか。

映画を通して、やっとこの人と会うことができた。初めて見た映画が、なぜこんなにもなつかしいのだろうか。サウダージ(saudade)というのは、きっとこのような感覚のことなのだと思った。

「ブラジルの声」と呼ばれ「ビトゥーカ」という愛称で親しまれた彼は、80歳を迎えた2022年、引退を発表する、映画は、フェアウェルツアーで世界各地をまわるようすと、彼を敬愛する人々のコメントによって構成される。パット・メセニー、スパイク・リー、クインシー・ジョーンズ。巨匠たちがミルトンを語り始める。2024年にこの世を去ったセルジオ・メンデスも。エスペランサ・スポルディング、ハービー・ハンコックとの共演シーンも。幼少期を過ごしたミナスジェライス州の風景、耳に届いたさまざまな音とともに、ミルトン自身の語りも。養母の話、ミルトンが引き取った養子(本作のプロデューサーの1人でもある)との会話、歌手エリス・レジーナとの思い出……この人の「音楽」というよりこの人の「存在」が優しげでそしてさびしげで、そしてたまらなくなつかしいのだ。


映画で紹介される曲のひとつ「トラヴェシア」(Travessia)は、フェルナンド・ロッカ・ブラントが書いた詞にミルトンが曲をのせ歌い、やがて世界中で愛される歌となった。多くのミュージシャンがカバーし、それぞれのトラヴェシアを歌い継いだ。Björk(ビョーク)の歌声は、雪解けの大地を感じさせ、NOKKOが歌う日本語からは(日本語詞:かしぶち哲郎)南国の香りが漂う。

 私に初めてミルトン・ナシメントという響きを教えてくれたのは、EPOが歌った「TRAVESSIA」だ。1994年発売のアルバム『VOICE OF OOPARTS』の中の1曲。ライブのとき、受付の人が「この曲がいいんです」としみじみと語ってくれたのを今でも覚えている。

日本語詞は秋元カヲルさん(当時のアルバムの表記は「秋元カオル」)。

「輝く小さな入江の浜を」という歌詞で始まる。

(この詞がどんな経緯でどの場所で生まれたか、遠い昔に聞いたことがあるのだが、正式なインタビューでも、ライブのMCで聞いたわけでもないので、書かないでおこう)


ミルトンは、「ブラジル」を歌う人だと思っていたけれど、この映画を見たあと、ふと気づいた。

彼は「故郷」を歌う人だったのではないかと。

どんな人にも、その人にとっての故郷がある。それは場所かもしれない、人かもしれない、あるいは食べ物だったり言語だったりするのかもしれない。その人がなつかしくて恋しくて帰りたいという気持ちになれるもの、それが故郷なのではないかと思う。

「輝く小さな入江の浜」も、人によって変わるのだろう。太平洋沿岸かもしれないし、日本海沿岸かもしれない。離小島から見る海かもしれない。あるいは、ある人が心の中に描いた1枚の絵かもしれない。


ミルトン・ナシメントが音楽という癒しを通して届けてくれた贈り物に、そっとリボンをかけよう。自分のいちばん好きな色のリボンを。




                ©️ GULLANE ENTRETENIMENTO S.A / 
                                                            ReallyLikeFilms + Palmyra Moon





監督:フラヴィア・モラエス

2025  / ブラジル映画ポルトガル語/| 115

配給・宣伝: リアリーライクフィルムズ / パルミラムーン 

2026年7月3日(金)より、順次公開中


<公式サイト>

 https://www.reallylikefilms.com/bituca