2026年7月13日月曜日

『ビトゥーカ ミルトン・ナシメント フェアウェルツアー』 (Bituca Milton Nascimento Farewell Tour)


 『ビトゥーカ ミルトン・ナシメント フェアウェルツアー』

Bituca Milton Nascimento Farewell Tour) 




            ©️ GULLANE ENTRETENIMENTO S.A / ReallyLikeFilms + Palmyra Moon


 

 ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)。

その名前は、優しい響きがした。そのときは、ブラジルのミュージシャンであること以外の情報はなかった。あれから30年近い歳月が流れただろうか。

映画を通して、やっとこの人と会うことができた。初めて見た映画が、なぜこんなにもなつかしいのだろうか。サウダージ(saudade)というのは、きっとこのような感覚のことなのだと思った。

「ブラジルの声」と呼ばれ「ビトゥーカ」という愛称で親しまれた彼は、80歳を迎えた2022年、引退を発表する、映画は、フェアウェルツアーで世界各地をまわるようすと、彼を敬愛する人々のコメントによって構成される。パット・メセニー、スパイク・リー、クインシー・ジョーンズ。巨匠たちがミルトンを語り始める。2024年にこの世を去ったセルジオ・メンデスも。エスペランサ・スポルディング、ハービー・ハンコックとの共演シーンも。幼少期を過ごしたミナスジェライス州の風景、耳に届いたさまざまな音とともに、ミルトン自身の語りも。養母の話、ミルトンが引き取った養子(本作のプロデューサーの1人でもある)との会話、歌手エリス・レジーナとの思い出……この人の「音楽」というよりこの人の「存在」が優しげでそしてさびしげで、そしてたまらなくなつかしいのだ。


映画で紹介される曲のひとつ「トラヴェシア」(Travessia)は、フェルナンド・ロッカ・ブラントが書いた詞にミルトンが曲をのせ歌い、やがて世界中で愛される歌となった。多くのミュージシャンがカバーし、それぞれのトラヴェシアを歌い継いだ。Björk(ビョーク)の歌声は、雪解けの大地を感じさせ、NOKKOが歌う日本語からは(日本語詞:かしぶち哲郎)南国の香りが漂う。

 私に初めてミルトン・ナシメントという響きを教えてくれたのは、EPOが歌った「TRAVESSIA」だ。1994年発売のアルバム『VOICE OF OOPARTS』の中の1曲。ライブのとき、受付の人が「この曲がいいんです」としみじみと語ってくれたのを今でも覚えている。

日本語詞は秋元カヲルさん(当時のアルバムの表記は「秋元カオル」)。

「輝く小さな入江の浜を」という歌詞で始まる。

(この詞がどんな経緯でどの場所で生まれたか、遠い昔に聞いたことがあるのだが、正式なインタビューでも、ライブのMCで聞いたわけでもないので、書かないでおこう)


ミルトンは、「ブラジル」を歌う人だと思っていたけれど、この映画を見たあと、ふと気づいた。

彼は「故郷」を歌う人だったのではないかと。

どんな人にも、その人にとっての故郷がある。それは場所かもしれない、人かもしれない、あるいは食べ物だったり言語だったりするのかもしれない。その人がなつかしくて恋しくて帰りたいという気持ちになれるもの、それが故郷なのではないかと思う。

「輝く小さな入江の浜」も、人によって変わるのだろう。太平洋沿岸かもしれないし、日本海沿岸かもしれない。離小島から見る海かもしれない。あるいは、ある人が心の中に描いた1枚の絵かもしれない。


ミルトン・ナシメントが音楽という癒しを通して届けてくれた贈り物に、そっとリボンをかけよう。自分のいちばん好きな色のリボンを。




                ©️ GULLANE ENTRETENIMENTO S.A / 
                                                            ReallyLikeFilms + Palmyra Moon





監督:フラヴィア・モラエス

2025  / ブラジル映画ポルトガル語/| 115

配給・宣伝: リアリーライクフィルムズ / パルミラムーン 

2026年7月3日(金)より、順次公開中


<公式サイト>

 https://www.reallylikefilms.com/bituca



2026年6月19日金曜日

『急に具合が悪くなる』(英題:All of Suden)

  第79回カンヌ国際映画祭で話題となった作品の1つ『急に具合が悪くなる』。

今日から日本での上映が始まりました。


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『急に具合が悪くなる』(英題:All of Suden) 


 介護施設長として現場で奮闘するマリー=ルー(ヴィルジニー・エフィラ)と、末期がんで余命半年と告げられた舞台演出家の真理(岡本多緒)。主人公を演じる2人が第79回カンヌ国際映画祭で女優賞に輝き、大きな話題を呼んだ。

 国も違う、仕事も違う。接点がまったくなかった2人の女性がパリを訪れた自閉症の青年をきっかけに知り合い、ひと晩語り明かすことで絆を深めていく。「友情」とは少し違う気がする。しかし、フランス語の »amitié » という単語なら、すんなりとはまる気がするのだ。


 マリー=ルーが施設で取り入れている「ユマニチュード」は、1979年に誕生したフランス初のケアのメソッド。医療や介護の現場で、1人ひとりの尊厳や権利を守りながらケアを実践するという精神で、イヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティという二人の人物によって開発された。

 真理がパリで発表した舞台「Da vicino nessuno è normale. 近づいてみれば、誰もまともな者はいない」に登場するフランコ・バザーリアは、イタリアの精神病院廃絶のために尽力した人物。

イタリアでは1978年に「バザーリア法」という法律が制定され、精神医療に大きな影響を及ぼした。


 認知症、精神病、自閉症、がん……この映画では、医療や福祉の現場で耳にするさまざまな言葉が「自由と平等」という言葉に包まれていくようで、映画を身終える頃には、胸のあたりがあたたかくなっていた。

 

 どんな状況の人であっても、生きている限り、尊厳を持ち続けることができる社会であってほしいと願う。



        

          © 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm –           Tarantula –Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners




監督:濱口竜介

脚本:濱口竜介 ルディムナ玲亜

原作:宮野真生子・磯野真穂著『急に具合が悪くなる』(晶文社)

出演:ヴィルジニー・エフィラ 岡本多緒 長塚京三 黒崎煌代 ほか

フランス=日本=ドイツ=ベルギー合作/196/

配給:ビターズ・エンド


<公式サイト>

『急に具合が悪くなる』

 www.bitters.co.jp/soudain





2026年6月17日水曜日

『ボタニスト・植物を愛する少年』(英題:The Botanist) 『OXANA/裸の革命家・オクサナ』(英題:OXANA)

 『ボタニスト・植物を愛する少年』(英題:The Botanist

OXANA/裸の革命家・オクサナ』(英題:OXANA)



日々のニュース報道を見てもよくわからない。 

ドキュメンタリーを見るのはつらい。

そんな人でも、映画を観ることで世界を知ることはできるのではないだろうか。


今、国内で上映されている2作品を紹介したい。


『ボタニスト・植物を愛する少年』

舞台となるのは、中国・新疆(しんきょう)ウイグル地区の村。植物を愛するカザフ族の少年アルシンは、漢民族の少女メイユーに恋をする。どこまでも広がる草原と澄み切った青い空の下、子供たちの瑞々しい感性がはじける。


OXANA/裸の革命家・オクサナ』は、実在するウクライナ出身の芸術家であり活動家である、オクサナ・シャチコの人生に着想を得た映画。

2002年、ウクライナ西部フメリニツキー。アルコール依存症の父とそれを献身的に支える母のもと、イコン画を描きながら家計を支えていたオクサナは、理不尽な状況から逃れようと家を出る。やがて、フェミニストの活動団体 FEMENを結成、花冠を頭に飾り上半身を脱ぎ捨てて、女性の権利と自由のために立ち上がる。

 過激であることは、決して「強い」ということと一致するわけではない。1人の女性としての感性が、社会の波に飲まれ壊されていく過程が痛々しい。


地球は大きいのだろうか。小さいのだろうか。

いずれにしても、この星に生きる人間の感性に大きな違いはないと思う。

嬉しければ笑顔になる、悲しいと涙が出る。誰だって幸せになりたいし、誰かの役に立ちたいと思っていることにかわりはないのではないか。


2本の映画はそんなことを教えてくれる。





<公式サイト>


『ボタニスト 植物を愛する少年』

https://www.reallylikefilms.com/botanist


監督:ジン・イー


配給:リアリーライクフィルムズ



OXANA/裸の革命家・オクサナ』

https://cinema.starcat.co.jp/oxana/


監督:シャルレーヌ・ファヴィエ

配給:スターキャットアルバトロス・フィルム

2026年6月14日日曜日

『ヴィヴァルディと私』(原題:PRIMAVERA)

 『ヴィヴァルディと私』(原題:PRIMAVERA

監督・脚本:ダミアーノ・ミキレット


舞台はヴェネツィアに実在した孤児のための施設、ピエタ院。

1人の少女がキャンドルの灯りをたよりに、手紙を書いている。

「お母様……

彼女は毎晩、待ち続ける人へ手紙を書く。渡すことのない手紙を。

自分がどこから来たのか、なぜ存在しているのか、彼女は知る術を持たない。

彼女の名はチェチリア。自由と愛を渇望する少女だ。

やがて、ピエタ院に1人のヴァイオリン教師が赴任する。アントニオ・ヴィヴァルディと名乗るその人は、チェチリアが類稀なヴァイオリンの才能を秘めていることを見抜き、熱心に指導する。厳しくも充実した稽古の時間は、チェチリアに自信と心の自由を与えていく。理想的に見える師弟の関係は、あることがきっかけで思わぬ方向へと向かう……

ヴィヴァルディの美しい旋律にのって、愛と自由を渇望する人間の情念が描かれていく。18世紀初頭、女性の地位がいかに低かったか、そして孤児として生きることがどれだけ困難であったかを痛感する。300年ほどの時を経て、状況はある程度改善されただろうか。そうかもしれない。

ただ、変わらないこともある。親を知らない子供は、時代が変わったからといってその苦痛から解放されるわけではないという事実だ。

チェチリアのような苦しみを抱える子供が1人でも多く救われる時代でありますように。



             ©︎2025 INDIGO FILM, WARNER BROS. ENTERTAINMENT ITALIA, 
             MOANA FILMS




<公式サイト>


『ヴィヴァルディと私』

https://vivaldi.ayapro.ne.jp/


現在上映中


配給:彩プロ