御嶽山の噴火から、1年が経ちました。
眠っていた何かを呼び覚まされたかのように、日本のさまざまな場所で、火山がざわざわと動き出したように感じられます。
天災をなくすことはできなくても、天災の被害を少なくすることができる力が、私たちに人間にはあります。そのために欠かせない「知恵」と「優しさ」を、自分たちの心の中に育んでいきたいものです。
明日、9月28日はイタリアの俳優・マルチェロ・マストロヤンニの誕生日です。生きていれば、91歳。
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マルチェロ・マストロヤンニと「未来へのノスタルジー」
初めて訪れた場所なのに、とても懐かしく感じる……そんな経験はないだろうか。
小さい頃、大好きな絵本に描かれていた森。
夜明けまで語り明かした親友の故郷の海。
職場に向かう途中で見たポスターの、美しい街並み。
せわしない日々の生活の中にあっても、私たちは小さな”憧れ”という宝石を、少しずつ心の宝石箱の中にしまっていく。そしてあるとき、心の宝石箱にしまっていた景色を訪れ、その空気を吸ったとき、とてつもない”懐かしさ”=ノスタルジーで、心がいっぱいになる。
それはきっと、訪れた場所の空気と、その場所を絵や写真で見ていたときの思い出が、呼応しあったときに生じる感覚なのだろう。絵本を読んでくれた家族の温もり、親友との間で交わした約束、仕事で落ち込んだときに自らが与えた希望……
だからこう思う。ノスタルジーは、過去ではなく未来で、私たちのことを待っていてくれていると。私たちが夢や憧れを持ち続けている限り、”ノスタルジー”という心地よい感覚を失うことはないと。
「未来へのノスタルジー」(Nostalgia del futuro)という言葉を残した人がいる。イタリア出身の俳優、マルチェロ・マストロヤンニ(Marcello Mastroianni)。この偉大な名優がこの言葉を語ったとき(確かTVのドキュメンタリーで)、その意味が一瞬にしてわかった…ような気がした。僭越な物言いだけれど。
未来へのノスタルジーに思いを馳せるだけの、そんなこんこんと湧き出る泉のような感性を持つ人だったからこそ、あれだけ多くの役柄を演じることができたのだろう。映画の出演作すべてを観ようと思ったら、その間に世界一周クルーズができてしまうかもしれない。それほど多くの作品に出演した人だった。
映画『ひまわり』より (イラスト/さいとうかこみ)
がんで他界する直前まで、彼は、俳優業を退くことはなかった。
1996年。チリのラウル・ルイス監督作品『3つの人生とたった1つの死』(Trois vies&une seule
mort)の後、ポルトガルのマノエル・デ・オリヴェイラ監督作品『世界の始まりへの旅』(Viagem
ao Principio do Mundo)に出演。10月にはイタリアで『最後の月』(フーリオ・ボルドン作)の舞台に立つ。そしてこの年の12月19日、彼はパリの自宅で天に召された。パリの自宅で、カトリーヌ・ドヌーヴ、そして娘のキアラが旅立ちを見守っていた。
『甘い生活』(La Dolce vita/1960年)や『ひまわり』(I Girasoli/1970年)など、数々の名演があるが、私にとってのマストロヤンニは『黄昏に瞳やさしく』(Verso sera/1990年)の大学教授ブルスキであり、『プレタポルテ』(Prêt-à-Porter/1994年)のセルゲイだった。スクリーンの中の「お茶目で微笑ましいおじさん」は、まるで今でもどこかで生きているんじゃないかと思えるほど、生き生きした印象を私に残してくれた。
参考文献:『マストロヤンニ自伝 わが人生を語る』
(編者:アンナ=マリア・タトー 訳者:押場靖志 発行:小学館)