2020年6月21日日曜日

Fête de la Musique(フェット・ド・ラ・ミュージック)

移動自粛も緩和されましたが、まだまだ油断はできません。
身体的な制限は残りますが、心の翼を広げる自由があることに感謝。

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フェット・ド・ラ・ミュージック(音楽のまつり)

 6月21日は” Fête de la Musique”の日。1982年にフランスで始まったイベントだ。
 1年で最も日が長いこの時期、フランスじゅうが音楽で賑わう。人気ミュージシャンのコンサート、由緒あるホテルでの演奏会、私が初めて訪れたパリでは、通りがかりの人が加わって、街角で一斉に合唱する人たちがいた。

 いつしか日本でも”  Fête de la Musique”の活動が始まった。「音楽はすべての人のもの」という精神を踏襲し、イベントは入場無料で、プロ・アマを問わず出演できる。フランスの6月はからっとして空も青く花で溢れているが、日本はちょうど梅雨の真っ盛り。そのためか、イベントは6月21日の1日だけに限定されず、6月中のさまざまな日、さまざまな地域で行われている。

 毎年、この日が訪れるのが楽しみだった。
 今年はといえば、多くのイベントが中止される中、空は雨模様。
 残念な夏至の空を見上げながら、思いを馳せる。
 今まで出会ってきた大好きな音楽たちと、これから生まれようとする新しい音楽たちに向けて。


日本からヨーロッパに渡り、多くの人に幸せを届けた花、アジサイ。
 Fête de la Musiqueはフランスから日本に渡り、多くの人の心を潤している。


2020年6月16日火曜日

『ジョーズ2』(原題:Jaws 2 , 1978年米)

 この映画が、深夜の番組で放送されることを知りました。懐かしい。

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『ジョーズ2』(原題:Jaws 2 , 1978年米)

 この頃、アメリカは輝いていた。ハリウッド映画も輝いていた。映画は映画館で観るのが当たり前だった。映画館で見逃してしまったり、もう一度観たいと思う映画がテレビで放送されるのを楽しみにしていた。
 この映画を思い出しながら、懐かしい気持ちに浸っている。

『ジョーズ』も『ジョーズ2』も、私にとっては特別な映画だ。物をよく知らない子供だった自分にとって、エンタテインメント(娯楽)以上の存在だった。世にも恐ろしい巨大ザメを見ながら、人の命のはかなさだったり、人生だったりを考えずにはいられなかった。

 主人公、ブロディ保安官(ロイ・シャイダー)にはマイクとショーン、2人の息子がいる。兄のマイクが仲間たちとヨットで沖に出ようとすると、小さな弟ののショーン(マーク・ギルピン/Marc Gilpin)が連れて行ってとねだる。そして沖で悲劇が……前作で、砂浜で逃げ惑う人の波に驚いて泣いていた赤ちゃんが、ここでは今にもサメに食べられそうな自分の状態を知り、恐怖という感情を心に刻んでいる。子供の私にはこのシーンが、いまだに強烈に印象に残っている。
ショーンを助けようとした、確かマギーという名の女性がサメに襲われ、あっけなくスクリーンから消えてしまったとき、そのあっけなさがただただ切なかった。

(ネタバレでごめんなさい。記憶もおぼろなので内容が間違っていたらごめんなさい)

    映画のある人生って素晴らしい。
 映画と一緒に人生を歩んでいけることを、感謝します。
 映画館に多くの人が戻ってきますよう。

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『ジョーズ』(原題:JAWS, 1975年米)——クイント船長と原子爆弾

2020年6月6日土曜日

再)シシリアン・ゴースト・ストーリー

109年もの歴史を刻んだ新潟県の映画館「高田世界館」で、『配給会社を救おう! 〜ミモザフィルムズ 特集!』の催しが今日6月6日(土)から始まりました。
上映作品の1つがこの映画です。
非情な題材でありながら全編に漂う詩情を、何と説明したらよいのでしょうか。
小説でも絵画でも音楽で表現しきれない悲しみと昇華を、「映画」という手法が私たちに届けてくれました。

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映画の中のこどもたち その10

『シシリアン・ゴースト・ストーリー』(原題:SICILIAN GHOST STORY


©2017 INDIGO FILM CRISTALDI PICS MACT PRODUCTIONS
 JPG FILMS VENTURA FIL
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 大人は誰もわかってくれない……
 味方になってくれる大人と出会えない13歳の少女ルナ。
 ラブレターを渡したその日に、大好きな同級生ジュゼッペは姿を消してしまう。
 彼の叫びを受け止め、彼を救おうとルナは必死に働きかけるが、周囲の大人たちは、大人だけがわかる暗黙のルールに忠実で、ひたすら口を閉ざす。誰も何も言わない。ルナが納得のいく説明をする大人は誰もいない。
 髪を真っ青に染め、ちらしをばらまいて窮状を訴えるルナ。両親はルナの髪を丸刈りにする。ルナの髪は何もなかったようにまた伸びる。ルナの髪の長さが苦しみの時間を物語る。


©2017 INDIGO FILM CRISTALDI PICS MACT PRODUCTIONS
JPG FILMS VENTURA FILM

「海だ、海の匂いがする!」
 隠れ家を移動する途中、車のトランクに押し込められたジュゼッペが叫ぶ。海を見たいと懇願するが、目隠しを外された彼の目の前にはそっけない草っ原が広がるだけ。海は見えない。しかし……
 真実は目に見えないものかと痛感する瞬間だ。
 
 物理的に引き離されたルナとジュゼッペ。しかし、2人の心の距離を引き離すことは誰もできなかった。肉体を超えた次元で巡り会う二人の魂は、なんと美しいのだろう。大人の庇護なしには生きられないはずの十代の心は、なんと純粋で強いのだろう。

 起きてしまったおぞましい現実は、誰も変えることはできない。
 でも、ジュゼッペの魂がずっとシチリアをさまよっているとしたら?
 この映像詩を舞う天使・ルナが、ジュゼッペを天国へ導いてくれるかもしれない。
 そんなふうに私は思いたい。


©2017 INDIGO FILM CRISTALDI PICS MACT PRODUCTIONS 
JPG FILMS VENTURA FILM


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十代の子供たちを描く映像詩、ここにも
『エヴォリューション』(原題:Evolution)
http://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2016/11/evolution.html


<公式サイト>
シシリアン・ゴースト・ストーリー


監督・脚本:ファビオ・グラッサドニア、アントニオ・ピアッツァ
撮影:ルカ・ビガッツィ
出演:ユリア・イェドリコヴスカ
   ガエターノ・フェルナンデス
   ヴィンチェンツォ・アマート
   サビーネ・ティモテオ

2017/イタリア=フランス=スイス/イタリア語/123/カラー/シネスコ/5.1CH 
原題:SICILIAN GHOST STORY 字幕:岡本太郎 

■配給:ミモザフィルムズ


2020年3月11日水曜日

再)『残されし大地』(原題:La terre abandonnée)

東日本大震災から、9年という歳月が流れました。
地震と津波は過去の出来事かもしれません。
しかし、被災者の人たちの心の中では、苦しみや悲しみがまだ続いているのではないでしょうか。
そして、その後には台風の被害も。
Fukushimaの問題もまた、現在進行形です。

2017年3月11日、日本でこの映画の公開が始まった頃に書いた記事を再掲載します。


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再)『残されし大地』(原題:La terre abandonnée)


(c)CVB / WIP /TAKE FIVE - 2016 - Tous droits reserves

 2011311日。この日、日本を襲った大地震は、その後の日本を大きく変えた。地震は津波を呼び、福島の原子力発電所を破壊した。子供や孫の将来を考え、故郷の福島から去る人がいた。その一方で、放射能に脅かされた故郷に残る選択をした人もいた。
福島第一原子力発電所から約12キロ離れた場所にある、富岡町。この町に残り、置き去りにされた動物たちの世話を続ける、松村直登さん。彼は、父親と2人で「避難指示解除準備区域」とされている自分の自宅に留まる道を選んだ。その生きざまに、ジル・ローラン監督は「武士道」の精神を感じ取り、敬意を込めてカメラを回す。


(c)CVB / WIP /TAKE FIVE - 2016 - Tous droits reserves

福島での撮影は、2015年の8月から10月の間に行われた。その後、ジル・ローランは作品編集のため、祖国のベルギーに帰国する。そして本作の内覧試写の予定日である2016322日、ブリュッセルの自爆テロに巻き込まれた。この作品は、ジル・ローランの監督デビュー作であるとともに、遺作となった。彼の日本人の妻をはじめとする周囲の人々が彼の思いを受け継ぎ、本作は完成した。
蜘蛛の巣にかかった蝶、明るい日差しがくっきりと映し出す木々の影・・・・・・ドキュメンタリーという手法の行間に垣間見える静寂が、悲しくなるほどに美しい。

(c)CVB / WIP /TAKE FIVE - 2016 - Tous droits reserves


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監督:ジル・ローラン
プロデューサー:シリル・ビバス
出演:松村直登ほか
原題:『LA TERRE ABANDONNEE』
制作:CVB Brussels
配給プロデューサー:奥山和由 (チームオクヤマ)
配給協力:太秦
提供:祇園会館
協賛:パルシステム/ヴィタメールジャポン/株式会社L&Sコーポレーション
後援:ベルギー王国大使館/ベルギー観光局ワロン・ブリュッセル
(c)CVB / WIP /TAKE FIVE - 2016 - Tous droits reserves
2016|ベルギー|カラー|DCP|5.1ch|76分
公式サイト: www.daichimovie.com



ジル・ローラン監督

(c)CVB / WIP /TAKE FIVE - 2016 - Tous droits reserves




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苦しみや悲しみに、大小の差はない

2020年2月14日金曜日

『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』


 今日、214日はバレンタインデー。
 欧米では男性女性に関わらず愛や感謝の思いを伝える日として知られます。
 こんな日が上映初日、粋な感じがします。

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『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』

 敗戦、そして復興。失ったものはたくさんあった。同時に、この頃の日本には前向きに生きていこうというとてつもないパワーがあった。舞台はそんな時代の日本だ。闇市に出入りして稼ぐ永井キヌ子は、いつも泥だらけの顔で、男を投げ飛ばすほどの怪力の持ち主。大食いでダミ声で金にうるさい一方で、美しい服をまとうとたちまち品のよいマダムに変わる。複数の愛人に別れを告げようとする田島周二は、女性たちと別れる口実に、キヌ子を雇う。にわか妻を演じてもらい、女性たちに自分のことをあきらめてもらおうという算段だ……笑って笑って、そして最後には思わず涙がほろり。
 自分が書いた未完の遺作を、こんな風に映画化されたことを知ったら、太宰治は何て言うだろうか。やっぱり笑い飛ばすんじゃないかな、と思ったりする。
 昭和の文豪たちが筆にこめたありったけの思いが、令和になって映像としてよみがえる。こんな平和な時代がどうか続きますように。

監督:成島出
原作:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:大泉洋 小池栄子 ほか


<公式サイト>

グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~
http://good-bye-movie.jp

2019年12月29日日曜日

アニエス・ヴァルダをもっと知るための3本の映画

  アニエス・ヴァルダ(Agnès Varda)……彼女の他界の知らせを聞いたのは、平成があと1ヶ月ほどで終わろうとしている頃でした。
  彼女の作品が上映されている中で年を越せることが、私の小さな喜びです。

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アニエス・ヴァルダをもっと知るための3本の映画
『アニエスによるヴァルダ』
『ラ・ポワント・クールト』
『ダゲール街の人々』

(c) 1994 agnès varda et enfants

  香水の瓶、メトロノーム、アコーディオン、奇術師……ヴァルダの生活圏であるモンパルナスの一角を撮影したドキュメンタリー『ダゲール街の人々』には、観光客に媚びない、普段使いのパリが映し出される。結婚とは、仕事とは、生きていくとはどういうことなのか?哲学的な問いの答えがダゲール街という小宇宙に漂う。彼女がなぜ地元での撮影に臨んだのか、そこには母として生きるための、ヴァルダの苦渋の選択があった。その裏話が『アニエスによるヴァルダ』で語られる。数々の試練をチャンスにかえて、ヴァルダはヴァルダらしい芸術を生み出してきた。彼女のカメラの向こうには、いつだって日常を懸命に生きる市井の人々の姿がある。「撮る対象に愛着を抱くと、その映像は平凡ではなくなるの」というこの言葉に、彼女の映画への思いが凝縮されている。

(c) 1994 AGNES VARDA ET ENFANTS

  長編映画のデビュー作となった『ラ・ポワント・クールト』は、アニエス・ヴァルダの母の出身地であり、十代のヴァルダが数年間暮らした村で撮影されている。夫婦とは何か、男女の愛は形を変えて成熟を続けるのか、その問いの答えは、2人の発する台詞ではなく、映像の中にある。村を横切る猫、漁で得た魚たち、天に召される幼いこどもの命……という媚薬をまいたら、映像はこんなにも温かみを帯びるものなのだろうか。スクリーン越しにヴァルダの愛が胸に飛び込んできた瞬間、私たちは間違いなく幸福な気持ちになれる。そして、映画にはこんなにも大きな力があるのだと実感する。ハート形のジャガイモも、子供達が集う愛猫の墓も、非暴力を貫く若者のアートも、温かくて優しくて、涙が出そうになる。

(c) 2019 Cine Tamaris – Arte France – HBB26 – Scarlett Production – MK2 films



<本ブログ内リンク>

『顔たち、ところどころ』(Visages Villages

『幸福(しあわせ)』(Le Bonheur

<公式サイト>
アニエス・ヴァルダをもっと知るための3本の映画

2019年11月4日月曜日

『ばるぼら』(英題:Tezuka’s Barbara)  

113日、文化の日は、マンガの神様・手塚治虫の誕生日でもあります。
この日、第32回東京国際映画祭のコンペティション作品の1つとして、
手塚治虫原作の『ばるぼら』が上映されました。

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32回東京国際映画祭レポート その1
『ばるぼら』(英題:Tezuka’s Barbara)  
原作:手塚治虫
監督:手塚眞

「命」というのは、何と尊く、何と素晴らしいものだろう!
 手塚マンガは、子供だった頃の私にそのことを教えてくれた。
 そして、大人になった今、そのことをあらためて思い返す。
 1989年2月。マンガの神様・手塚治虫が天へ召されたのは、昭和から平成に変わったちょうどその頃。市民葬で献花をしたとき、鼻をすすっていたのを今でも覚えている。同時に、自分の心が 悲しみだけではない、別の何かに彩られていることを感じた。"別の何か"が何だったのかわからないまま時が過ぎたけれど、『ばるぼら』の映画化が、その答えを教えてくれたような気がする。
「命」はつながっているのだ。大好きだった手塚治虫は、 “手塚眞へとバトンが手渡され、その芸術の輝きはつながっていく。だから悲しくはなかったんだ、と。『火の鳥 黎明編』で登場人物のひとり、ウズメが言う。夫を殺した権力者に「女には武器がある。私のお腹にはあの人の子供がいる」と言って立ち去っていく。そのシーンを思い出した。

  手塚眞監督が『ばるぼら』に出会ったのは10歳の頃。大人向けのコミック誌向けに連載されていたこのマンガは、小学生の眞少年にとって『鉄腕アトム』や『ブラックジャック』以上のインパクトを与えた。そして、映像の世界でキャリアを積み、選んだ題材がこの作品だった。自分の体の中に流れている手塚治虫のDNA……自分の体を流れる血潮、父から受け継いだ血の騒ぐまま、自然に撮り終えた本作には、手塚マンガ独特の空気がすみずみにまで漂う。昭和の芸術が、令和になって不死鳥のようによみがえったかのように。
 デジタル化が進み、人との交流も機械をを介して行うことが当たり前の時代となった。「エロティックという言葉をネガティブに捉える人もいらっしゃいますが、僕にとっては、エロティックは人と人とが交流することなんです。こういう時代だからこそ、肉体の触れ合いを見せる映画を撮りたかった」。戦争という時代をくぐりぬけた後、手塚治虫はエロティシズムを"自由"の証のひとつとして描いた。そして手塚眞監督が描く21世紀のエロティシズムは、枯渇した私たちの心を潤してくれる"癒し"を意味するのかもしれない。


第32回東京国際映画祭で観客の質問に答える手塚眞監督
(2019年11月3日撮影)



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<本ブログ内リンク>

この映画のラストシーンに、手塚治虫少年が登場します。
31回東京国際映画祭 速報その『漫画誕生』(The Manga Master)

<公式サイト>
32回東京国際映画祭