2017年9月22日金曜日

マルセル・マルソーへの思い その1(Le Mime Marceau)

 2007922日、パントマイムの神様・マルセル・マルソーが天に召されてから、ちょうど10年が経ちました。

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マルセル・マルソーへの思い その1(Le Mime Marceau, Marcel Marceau

 別名、沈黙の詩人。
ひと言も話すことはない。
それなのに、多くのスピーチ、多くの書物に値するほどのことを物語る。
彼のわずかな動きが、時空を超えたメッセージとなって心に届いたとき、自分の目が潤んだときのことを、まだ覚えている。よく知りもしないのに、勝手に憧れて、勝手に尊敬していた私。いつかフランスに渡って、フランス語で彼にインタビューしようと、せっせとフランス語の学習に励んだ。だから、彼の他界のニュースが流れたとき、彼の命に自分の夢が間に合わなかったことがただ悲しかった。

 でも、こんな話を聞いた。
 たとえその人が死んでも、その人を覚えている人が生きている限りその人の命は続くのだということ。だから、マルセル・マルソーと共に芸術活動をしてきたこの人の映画が、もうすぐ日本で上映されることを知って、とても嬉しい。

アレハンドロ・ホドロフスキー監督の『エンドレス・ポエトリー』。

 いつか、「ホドロフスキーが語るマルセル・マルソー」というテーマで話が聞ける日を夢見ながら、過ごそう……


<本ブログ内リンク>

どれだけ多くの大道芸人が、マルセル・マルソーの影響を受けたでしょうか。

大道芸の育つ街、ヨコハマ(その2

大道芸の育つ街、ヨコハマ(その1)


<公式サイト>

エンドレス・ポエトリー

http://www.uplink.co.jp/endless/

(C)Pascale Montandon-Jodorowsky

2017年9月16日土曜日

『あさがくるまえに』(Reparer les vivants)

からっとした秋風が頬をなでる頃、その湿度を補うかのように、心がしっとりとした感触を帯びるような気がします。
東京近郊は台風の影響で雨となりましたが、映画館を訪れる人たちの道中が安全でありますよう。
今日から、フランス映画祭2017で喝采を受けた、この映画の上映が始まります。

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『あさがくるまえに』(原題:Reparer les vivants)



© Les Films Pelléas,
 Les Films du Bélier, Films Distribution / ReallyLikeFilms


  フランス・ノルマンディー地方の港町ル・アーブル。夜が明ける前、3人の青年が車で海へ向かう。波乗りに挑み、心地よい疲れとともに帰路に着くが、そのとき、大きな運命の波が押し寄せる・・・・・・脳死とは何か? 脳が死ぬということは、すなわち「死」を意味するのか? 残された者はどのように心を整理していくのか? 息子を失って泣き崩れる母親がいるその向こう側には、死を待つ母親を案じる息子がいる。「臓器移植」は、人の命を救う一方で、遺族が感傷に浸る時間を待ってはくれない。家族に提供を打診する臓器移植コーディネーターの存在が、冷酷で非情にうつっても不思議はない。しかし、コーディネーター・トマ役のタハール・ラヒムの演技は、人間味にあふれ、あたたかい。


© Les Films Pelléas, 
Les Films du Bélier, Films Distribution / ReallyLikeFilms


「彼らが直面する感情的な負担から、どうして彼らは自分を守ることができるのか」を知ろうと、撮影前に、ラヒムは実際に移植コーディネーターを手がけるレジス・ケレ氏を何度も訪ねたという。その結果、ラヒムは、ドナーを静かに導く天使のようなトマを演じ切った。「心臓」が主人公となる群像劇を一編の映像詩のように紡いだ、カテル・キレヴェレ監督の感性はどこまでもしなやか。「この作品では、社会の多様性、人と人との連帯を表現したいと思いました」と語ったキレヴェレ監督。出演者を決めるときも、多様性を念頭に置いた。「それが映画に生き生きとした力をもたらす」と彼女が信じたとおり、生命力にあふれた1本の映画がこうして完成した。

 フランス映画祭2017で来日した カテル・キレヴェレ監督
2017年6月23日有楽町朝日ホールにて)



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臓器移植がこの映画のように、誠実なかたちで行われることを、心から願います。
まだ命の火が灯っている人々の臓器が、理不尽に奪われることがありませんよう。


<本ブログ内リンク>

『フランス映画祭2017』を終えて

<公式サイト>

『あさがくるまえに』

2016/原題: Reparer les vivants /フランス・ベルギー/ 104/PG12(映倫区分)

配給:  リアリーライクフィルムズ、コピアポア・フィルム






2017年9月10日日曜日

『旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス』(Journal de France)

『旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス』
(原題:Journal de France)


 砂漠をゆったりと歩く美女の官能と、母親との死別と向き合うパリジェンヌの葛藤。精神病院で、裁判所で、自分の存在を訴え続ける市民たち。



       © Palmeraie et désert – France 2 cinéma


「ドキュメンタリー映画」という枠にはめてしまうのがもったいないほど、流れる映像は詩的で美しくて、やがて、目を離すことができなくなる。
「倉庫に眠る膨大なアウトテイクをつないで、一本の映画にしたい」というドゥパルドンの思いを形にしようと、共に旅する伴侶、クローディーヌ・ヌーガレが奔走し完成されたのがこの作品だ。懐かしい趣きの残る街角や小売店を撮りながら旅をするドゥパルドンの「(個人的な)今」を語る映像と、紛争地域や政治の内幕といった若きドゥパルドンが撮影した「(歴史的な)過去」を語る映像が交互に流れていく。



     © Palmeraie et désert – France 2 cinéma


 絵はがきに使いたくなるような美しい映像があるかと思えば、後に独裁者となることを誰も知らなかった頃の政治家の映像がある。コラージュを動画にしたような趣きの中で一貫して感じ取れるのが、ドゥパルドンが注ぐ「被写体への愛情」だ。



      © Palmeraie et désert – France 2 cinéma


 ドゥパルドンは、「カメラで聞き、見つめる」という方法で、大きな歴史の流れの中で必死にもがいて生きる小さな命に光を当て続けた。何の事件もないさりげない日常なのに、そこには愛とドラマの余韻がただよう。だから、この映画に登場する市井の人たちは、さりげなく登場するアラン・ドロンやネルソン・マンデラら、著名人たちと同じだけの存在感を私たちの心に残していく。その中には、若かりし頃の、クローディーヌ・ヌーガレの映像も。


      © Palmeraie et désert – France 2 cinéma


 ひとめぼれだったんだろうな。彼女のことが愛しくてたまらないという、ドゥパルドンの思いが伝わってくる。芸術と報道。そのどちらも極めたドゥパルドンだが、根底にあるのは「愛」というひとつの信念であるような気がする。


     © Palmeraie et désert – France 2 cinéma


 <本ブログ内リンク>


★ ドゥパルドンが、イタリアの精神病院を取材していた頃の映像が本作で流れます。その頃から、精神病患者の待遇がどのように変わり、21世紀を迎えたか、この映画から知ることができます。
『歓びのトスカーナ』(原題:La pazza gioia

    写真家を語る映画、この2作もぜひ。

『パリが愛した写真家 ロベール・ドアノー 永遠の3秒』(Robert Doisneau: Through the Lens)


『セバスチャン・サルガド / 地球へのラブレター』 (Le sel de la terre





<公式サイト>

『旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス』
http://tabisuru-shashinka.com/

監督: レイモン・ドゥパルドン  クローディーヌ・ヌーガレ
製作: クローディーヌ・ヌーガレ
撮影: レイモン・ドゥパルドン
録音: ギヨーム・シアマ  ヨランド・ドゥカルサン  ソフィー・シアポ
編集: シモン・ジャケ
楽曲提供: パティ・スミス  アレクサンドル・デスプラ  ジルベール・ベコー
      グロリア・ラッソ  アラン・バシュン  他
出演: レイモン・ドゥパルドン  クローディーヌ・ヌーガレ  アラン・ドロン  
ジャン=リュック・ゴダール  エリック・ロメール  ジャン・ルーシュ  ミレーユ・ダルク
マリー・リヴィエール  ミレイユ・マチュー  ジャック・シラク  ネルソン・マンデラ 他

2012年/フランス/100分/カラー/シネスコ/5.1ch 日本語字幕:高部義之 
配給:  アンプラグド