2018年8月29日水曜日

『秋のソナタ』(Höstsonaten)


 さくらももこさん他界のニュース……
 この映画で、娘との関係に悩む母・シャルロッテを演じたイングリッド・バーグマンもまた、乳がんで他界した人でした。
 今日、829日が彼女の命日です。1982年の他界から、36年の歳月が流れました。

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『秋のソナタ』(原題:Höstsonaten、英題: Autumn Sonata


「ママ、教えて」。7年ぶりに母と再会した娘が問う。
「娘の不幸は母の喜びなの?」
 
 映画の制作は1978年。「毒親」という言葉が生まれるずっと前に、既にイングマール・ベルイマン監督はこの問題を直視していた。

 エヴァが母・シャルロッテにささやく。
「母の傷は娘が継ぐ。母の失敗は娘が償う。母の不幸は娘の不幸になる」

 愛される体験のなかった人は、誰かを愛することができないと聞いたことがある。ああそうか。シャルロッテ自身が愛されなかった子供だったことを私たちは知る。
「なでられたこともなければ、ぶたれたこともない」。シャルロッテは自分の子供時代を振り返る。スキンシップがなかった子供が自分の価値を見出せる道は、唯一「音楽」だった。音楽の才能だけが、自分が生きていける価値だったシャルロッテにとって、2人の娘は、どのように愛を与えればよいかわからない存在だった。


(C)1978 AB Svensk Filmindustri


 感情が高ぶって、泣き出すエヴァが叫ぶ。
「ありのままの自分では、ママに愛してもらえない。本当の自分が大嫌いになった……叫び声すらあげられなかった」。そして、「ママのような人間は害よ」と吐き捨てる。

「母らしさを求められるのが怖かった。私は弱い人間だとわかってほしかった」と、娘たちを必要としていたことを語るシャルロッテ。
 
 お互い愛しているのに、お互いがお互いを必要としているのにすれ違う親と子。そんな悲しい親子は、今も、世界中に溢れている。でも、ベルイマンが描こうとしたのは、そんなすれ違いと孤独だったのだろうか?

 そうは思えない。
 彼が伝えたかったのは「破綻した親子」ではなくて「やり直そうとする親子」だったのではないかと、私は思う。
 本音を吐き出して相手を責める……それはみっともないこと? いや、それはむしろ、勇気ではないのか?エヴァが勇気を出さなければ、2人の本当の関係は何も始まらなかったはず。それがどんなに残酷であっても、2人は真実と向き合った。だから、そこには新しい道が開けているし、ひと筋の光が差している。ベルイマン監督がとらえた小さな光から、私たちは何をみつけるだろうか。

 
(C)1978 AB Svensk Filmindustri
  
<本ブログ内リンク>

『ファニーとアレクサンデル』(ベルイマン監督作品)


<公式サイト>
『秋のソナタ』は、映画館でリバイバル上映されています。
くわしくは下記の劇場情報まで。


『ベルイマン生誕100年映画祭』劇場情報

配給:ザジフィルムズ、マジックアワー





2018年8月19日日曜日

『C’est la vie! セラヴィ!』(Le sens de la fête)

C’est la vie! セラヴィ!』(原題:Le sens de la fête

© 2017 QUAD+TEN / GAUMONT / TF1 FILMS PRODUCTION /
 PANACHE PRODUCTIONS / LA COMPAGNIE CINEMATOGRAPHIQUE


  フランス映画の魅力のひとつが、「多種多様な登場人物」だ。
  出身地が違う、肌の色が違う、宗教も違う。年齢もさまざま。
  だから摩擦がすごい。一方で、力を合わせたときのパワーもまたすごい。
  この映画もまた、多種多様な登場人物がぶつかり、手を取り合い、半端ないエネルギーを発している。この映画の主人公、マックス(ジャン=ピエール・バクリ)は、ベテランのウェディングプランナー。仕事をはじめて30年あまり、そろそろ引退をと考える矢先、17世紀の城を会場にしたウェディングパーティーを手がけることに。やたら注文が多い新郎、口の悪いバンドボーカル、写真を撮らずに女性と料理をひたすら追いかけるカメラマン、新婦を口説こうとするスタッフ……パーティーの間に次々と問題が勃発、マックスの理性は吹っ飛んでぶち切れる。それでも、パーティーを無事に終わらせる使命のため、マックスはあらゆる手を尽くす。うるさいゲストにダメなスタッフ、どうしようもない登場人物たちを演じる俳優たちの顔ぶれがすごい。ヴァンサン・マケーニュがいる、スザンヌ・クレマンがいる、フランス映画大好きな人にはたまらないキャスティング。
  この映画のアイデアが生まれたのは、2015年11月、パリで同時多発テロが発生した頃だ。
  不安と悲しみに押しつぶされそうな人々のために、エリック・トレダノ&オリヴィエ・ナカシュの監督コンビは「お祭り騒ぎのような雰囲気で」「思い切り笑える映画」をつくろうと思い立った。最初から最後まで、笑っていられる良質のコメディ映画は、あなたをきっと元気にしてくれるはず。

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Cest la vie! セラヴィ!』は、フランス映画祭2018のオープニング作品としても上映され、エールフランス観客賞に輝きました。


オリヴィエ・ナカシュ監督
(フランス映画祭2018会場にて撮影)


エリック・トレダノ監督
(フランス映画祭2018会場にて撮影)


 本ブログ内リンク>

『フランス映画祭2018』 速報 その1

<公式サイト>

C’est la vie! セラヴィ!』

2018年8月13日月曜日

再)講談師が語る平和 『はだしのゲン』ほか

ヒロシマ、ナガサキの日が終わり、もうすぐ終戦記念日。
そんななか、『はだしのゲン』がアラビア語に翻訳されエジプトで出版されたというニューズを聞いて、嬉しくなりました。

2014年の講談『はだしのゲン』の取材記事を再掲載します。

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講談師が語る平和
『はだしのゲン』ほか

 2014年8月23日(土)。
東京・お江戸日本橋亭で『土曜特選会〜女講談師、平和を謳う〜』が開催された。

 前座に続き、神田すずの口演が終わると、真打(しんうち)たちが平和“をテーマに熱く演じ始めた。
 

『四谷快談』(手塚治虫原作)   神田織音(かんだ おりね)
『火垂るの墓』(野坂昭如原作)  一龍斎春水(いちりゅうさい はるみ)
  —仲入り—
『古橋 廣之進』         田辺 一邑(たなべ いちゆう)
『はだしのゲン』(中沢啓治原作) 神田香織(かんだかおり)

「ぼくはいったい、誰に恨みをはらせばいいんだよ!?」と叫ぶ、戦災孤児・平公(へいこう)。お岩さんには、恨みを晴らすべき相手がいた、しかし空襲で視力を失った自分はその怒りと無念を誰にぶつければいいのか、お岩さんにうったえる。マンガの神様のコメディでよみがえったポップなお岩さんが、織音の透明感ある声によって再び生まれ変わった。

「腐った政府のなれの果てが戦争と申します…」。戦災孤児のいたましい日常と幻想的なほたるのコントラストを語りで描く春水。2人のこどもの命の火が消えたのは、終戦と呼ばれる815日以降のことだったと加える。

 浜松市出身で、浜松市やらまいか大使も務める一邑が語ったのは、地元の水泳選手・古橋廣之進(ふるはしひろのしん)の物語。戦後復興のヒーローとして、廣之進がいかに多くの人々の希望の光だったことか……
 
 そして、トリとなる香織が立体講談として披露したのが『はだしのゲン』だ。少し前、原作本が閲覧禁止という憂き目に合った事件も起きている。だからこそ、なおさら、「語らなければ」という香織の強い気持ちにうなずきながら聞き入ってしまう。

  
 お江戸日本橋亭には吸い込まれるように観客が集まり、追加の椅子や座布団までもが足りない状態となり、舞台や太鼓部屋にまで席が設けられる状態に。

 
「夏の講談といえばお化け。そしてこれからは平和とも言われるようになってほしい」と、香織は来年度以降もこの企画が続くことを伝えるとともに、立案者である講談協会・宝井琴調(たからいきんちょう)への感謝とねぎらいの言葉を添えた。琴調はこの日、高座には立つことはなかったが、入口で傘を片手に観客を誘導していた。
 
 “芸”には、力がある。本当に戦争を体験しなかった人にも、その悲惨な記憶を焼き付け、NOと気づかせるだけの力がある。そう感じた1日だった。

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講談師・神田香織さんは福島県のご出身です。被曝の問題が現在進行形の問題ではない日が来ることを願って……



<本ブログ内リンク>

『残されし大地』(La terre abandonnée)
https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2017/03/la-terre-abandonnee.html

ナガサキを想う『あの夏の日』

『ジョーズ』(原題:JAWS, 1975年米)——クイント船長と原子爆弾




2018年8月5日日曜日

『二重螺旋の恋人』(L’amant double)

  この映画を見たら、マンガの『ブラック・ジャック』(原作:手塚治虫)をじっくり読みたいと思ってしまいました。

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『二重螺旋の恋人』 (原題:L’amant double
監督:フランソワ・オゾン(François Ozon
原作:ジョイス・キャロル・オーツ「Lives of the Twins

©2017 - MANDARIN PRODUCTION - FOZ - MARS FILMS - PLAYTIME -
FRANCE 2 CINÉMA - SCOPE PICTURES / JEAN-CLAUDE MOIREAU
    


  オスの三毛猫、猫のブローチ、美術館の展示。
  フランソワ・オゾン監督の映画の魅力のひとつが、映画の細部にちりばめられたトリックだ。ミステリーがどんどん深みを帯びて、ブラックホールに吸い込まれていくような感覚を覚える。
  精神科医のポールと甘い生活を始めたはずのクロエが、ポールとうりふたつの男性を通りでみかけることで、少しずつ狂い始める……ポールには双子の兄弟がいるのか?クロエの隣人は彼女の味方なのか?クロエの実母は誰なのか?主人公クロエ(マリーヌ・ヴァクト)の鋭いまなざしは、オゾン監督の前作『婚約者の友人』の主人公、アンヌ(パウラ・ベーア)にとてもよく似ている。満たされていない、でも強い意志を持っているまなざしだ。それは、オゾン監督が、「おとぎ話のお姫様」ではなく、いまを生きる等身大の女性を描いているからなのだろう。だから、オゾン監督の映画に出演する女性は、誰もが輝いている。シーンは少ないけれど、ジャクリーン・ビセット(Jacqueline Bisset)が登場すると、ぱっと華やぐあの感じは何だろう。彼女の存在感もすごいけれど、この人をこの役にキャスティングしたオゾン監督のセンスもまたすごいと思う。

フランス映画祭2018で来日したフランソワ・オゾン監督。
ファンにスマホを向けてカシャっとするときの表情が
茶目っ気たっぷり。


<本ブログ内リンク>
フランソワ・オゾン監督の作品2作。

『婚約者の友人』(Frantz)

『彼は秘密の女ともだち』(UNE NOUVELLE AMIE

<本ブログ内リンク>

『二重螺旋の恋人』 (原題:Lamant double


84()ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
配給:キノフィルムズ