2019年3月6日水曜日

『ナポリの隣人』 ( La tenerezza)

この映画の鍵を握る登場人物のひとりがファビオです。
 幼少時代というのが人にとっていかに大事な時期であるかを痛感します。
ロレンツォが救いの手を差し伸べていたことに気づいてほしかった。

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『ナポリの隣人』 (原題:La tenerezza


 妻を失い、アパートで独り暮らしをする元弁護士、ロレンツォ。息子サヴェリオは、クラブを経営し、娘エレナはシングルマザーとして法廷通訳の仕事をしている。父子関係は悪く、サヴェリオはアパートの権利問題にぴりぴりしているし、エレナは父の昔の浮気を許せないでいる。
 そんなロレンツォの隣の部屋に、4人家族が越してくる。昼食に招かれたり、2人の子供たちと遊んだりと、ロレンツォは実の家族とは得られなかった平穏な日々を過ごすことに。親しみやすい性格の妻ミケーラ、ナポリという街に馴染めるだろうかと不安を打ち明ける夫ファビオ。ロレンツォは実の子供たちのように彼らの気持ちに寄り添おうとするが……

(c) 2016 Pepito Produzioni


「お子さんたちのことがご心配なのですね」
「笑顔を見せてください」

 人の心を見透かすかのようなまなざしで、ロレンツォを包み込むミケーラ。2人が会話を交わすシーンは、さりげないのにずっしりと重い。そこに人生の本質が詰まっているようで、この映画の本当の主人公は彼女ではないだろうかと、一瞬はっとする。愛されたくて、愛したくて、一途な思いで築き上げようとした「家族」というお城は、砂でできていたのだろうか。

「この物語には、善人も悪人もいない」。ジャンニ・アメリオ監督はこう続ける。
「彼らは自らの過ちを糧に成長することもできず、人生が挽回の機会を与えてくれるかのような時にすら、軽率でさらに人を傷つける行動をとってしまう」
 
 世の中の多くの人は、挽回の機会を見過ごして生きているのかもしれない。そうだとしたら、この映画が私たちに教えてくれることがどれほどに大切であろうかと、そう思わずにいられない。

<本ブログ内リンク>

「家族」を描くもうひとつのイタリア映画

『はじまりの街』(La vita possibile

<公式サイト>

ナポリの隣人


岩波ホールほか全国順次公開中
配給:ザジフィルムズ

2019年3月5日火曜日

『ジュリアン』(Jusqu'a la garde)


 気がつくと、毎日のように流れていた栗原心愛さんに関する報道がほとんど聞かれなくなりました。しかし虐待のニュースは続きます。子供の名前を変えて……
 心愛さんの父親が逮捕された頃、ちょうどこの映画の上映が日本で始まりました。皮肉というより、DVや虐待がいかに多いかということの証なのかもしれません。

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『ジュリアン』(原題:Jusqu'a la garde

「私が描きたかったのはモンスターではなく、生身の人間です」
 グザヴィエ・ルグラン監督はそう語った。
 妻にDVをくり返してきたアントワーヌは、生まれつき乱暴な性格だったわけではない。彼が育っていく中で、彼自身が生きていく術として、彼自身の判断で「暴力」を選択したのだと。
 暴力は弱さと隣り合わせだ。アントワーヌはきっと、弱い人間だったのだろう。自分の弱さを直視できないがために、暴力にすがり、妻との関係を壊してしまったのだろう。

 DVを「映画」の世界に落とし込むにあたり、ルグラン監督は数多くのアメリカ映画を参考に
した。アントワーヌの娘・ジョゼフィーヌが『プラウド・メアリー』を歌うシーンは、『TINA(ティナ)』で映画の主人公となったシンガー、ティナ・ターナーを彷彿とさせるし、妻・ミリアムの服装は『クレイマー、クレイマー』に出演したメリル・ストリープへのオマージュ。恐怖にあふれるクライマックスのお手本は、スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』だ。
 
 ルグラン監督が語るように、アントワーヌは「モンスター」ではない。アントワーヌがジュリアンに向ける一瞬のまなざし、「生まれ変わったんだ」と妻に復縁を乞う姿に、アントワーヌのもうひとつの顔がある。アントワーヌは妻にも子供にも決して無関心ではない。愛の反対が無関心だとすれば、アントワーヌのもうひとつの顔に、希望を託さずにいられない。


グザヴィエ・ルグラン監督(2018年6月21日撮影)


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 映画そのものが世の中を変えたり救ったりできるわけではありません。
 でも、このような映画はなくなってはいけないと思うのです。世の中に満ち満ちている悩みや苦しみ、喜びや悲しみ、今起きている現実は、何らかのかたちで伝えられ続けなければならないと思うのです。

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 ジュリアンの心の中は、きっとこの映画の子供たちと同じような色彩なのでしょう。

『ファニーとアレクサンデル』 ( FANNY OCH ALEXANDER

<公式サイト>
『ジュリアン』