2019年8月29日木曜日

『ジョアン・ジルベルトを探して』(Where Are You, Joao Gilberto?)


「ジョアンほどの人たらしはいないわ。私もだまされたの」
映画の中で朗らかに語っているのは、ジョアン・ジルベルトの元妻のミウシャ。
この映画が日本に公開するのを楽しみにしながら、彼女は201812月、他界しました。
ジョアンもまた、後を追うように私たちの世界を去りました。この映画の日本公開を知った後の76日のことでした。天国で、ミウシャとどんなことを話しているでしょうか。

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『ジョアン・ジルベルトを探して』(原題:Where Are You, Joao Gilberto?その1

©Gachot Films/Idéale Audience/Neos Film 2018    


  ジョアンの元妻、ミウシャ。
  ジョアンの家に自慢の料理を出前する料理人。
  行きつけの床屋の主人。
  旧友たち、マネージャー。
  ジョアンについて訪ねると、彼のつかみどころのない魅力を淡々と語ってくれる。でも誰一人として、「ジョアンに会いたい」というジョルジュ・ガショ監督の願いを叶えてはくれない。叶えられない。
  追いかけても追いかけても、その手をするりとぬけてしまう。しかし、彼は確かに存在する。
  ブラジルのまったりとした空気の中に、確かにジョアンを感じるのだ。
  音楽ドキュメンタリーというより、詩的な旅行記だ。サウダージが漂うブラジルの景色は美しく、彼がボサノバを生み出したと言われる小さなバスルームさえ、宝石箱のようにみえる。

©Gachot Films/Idéale Audience/Neos Film 2018    


  ジョアンをミステリアスにしているのは、本人だけではないのだろう。彼を知る人たちもまた、ジョアンの孤独を大切にし、ジョアンの世界を守る要塞となっている。ジョアン本人の姿はまったく映らないのに、全編にわたりジョアンの息づかいが聞こえてくる。まるで幸せの呪文のように。

  けだるい夏から物思う秋へ……
  こんなとき、ボサノバを聴ける喜び。この映画と出会える喜び
  生きる喜びってこういうことなのだろう、きっと。


<本ブログ内リンク>

ジョアン・ジルベルトへの思い その1

ジョアン・ジルベルトJoão Gilberto)への思い  その2

『イパネマの娘』(Garota de Ipanema

<公式サイト>

『ジョアン・ジルベルトを探して』

©Gachot Films/Idéale Audience/Neos Film 2018    


配給:ミモザフィルムズ

824()より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開

2019年8月26日月曜日

『鉄道運転士の花束』(原題:Dnevnik masinovodje)


 セルビアから、お茶目な映画が届きました。
小粋な女性・ヤゴダを演じるミリャナ・カラノヴィッチさんは、『サラエボの花』(原題: Grbavica/2005年)で主人公・エスマを演じた女優です。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の犠牲者として苦しんでいたエスマを見た私にとって、人生を楽しもうとするヤゴダの姿が救いです。

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『鉄道運転士の花束』(原題:Dnevnik masinovodje)

 定年間近の鉄道運転士・イリヤは、愛する人を失った過去から卒業できず、自分の仕事を恨む気持ちとそれを超越した気持ちの狭間で揺れ動いている。イリヤの仕事は、どんなに誠実にこなしても避けられない事故があり、人が死んでも自分が責められることはない。というより、自分自身がトラウマを抱える被害者となってしまう。敷かれたレールの上を走る鉄道運転士。単純で単調に見えるこの職務が、こんなにも複雑な人の心と向き合う、哲学的なものとは!
 多くの死をみつめてきたイリヤが、引退を前に小さな救う。親を知らない少年は、イリヤの後ろ姿を見て育ち、イリヤと同じ鉄道運転士の道を選ぶ……

©ZILLION FILM ©INTERFILM



 と、ここまで、自分の書いた文章を読み返してみる。
 ん?この映画は感動的なヒューマンドラマだったっけ?と首をかしげる。
 でも、書いていることに間違いはない。
 ああ、これがこの映画のマジックだ、と気づく。涙ながらに見るどころか、見ていて笑いが止まらないのがこの作品。

 これだけ多くの人が死んでいるのに、後味の悪さがない。ブラックユーモアとえげつなさの際(きわ)をまるで綱渡りするかのように、軽やかに渡っていくミロシュ
・ラドヴィッチ監督のセンスがいい。大がかりなセットや多額の予算がなくても、面白い映画はつくれることをあらためて知る。


©ZILLION FILM ©INTERFILM



<本ブログ内リンク>

いわゆるコメディ映画”のジャンルではないけれど、笑って心が軽くなる映画って、嬉しい。

『北の果ての小さな村で』(Une annee polaire)

<公式サイト>

映画『鉄道運転士の花束』

http://tetsudou.onlyhearts.co.jp

2016年製作/85分/G/セルビア・クロアチア合作
配給:オンリー・ハーツ
8月17日(土)より、新宿シネマカリテほか全国順次公開!