2023年1月21日土曜日

『ヨコハマメリー』 (Yokohama Mary)

 メリーさんとの再会

『ヨコハマメリー』に寄す 

(監督:中村高寛)

 

 費やされた時間は、約10年。

 1997年からメリーさんという1人の女性のリサーチを始め、撮り始めたのは1999年頃。

そして、映画が公開されたのは2006年だ。

2023120日、メリーさんにとってゆかりある馬車道の関内ホールで上映会が行われたときは、映画の構想から25年程の月日が経っていた。

 

22歳の青年だった中村監督も、トークショーに登壇したときには47歳。写真家の森日出夫さんも俳優の五大路子さんも、映画に登場された頃と見た目はほとんど変わらないように見えるけれど、当時のメリーさんの歳に近づきつつある。



                写真左から、森日出夫さん、五大路子さん、 中村高寛監督(2023年1月20日撮影)

 

 メリーさんがヨコハマから姿を消したのは1995年。横浜博覧会(YES’89)が終わり、横浜ランドマークタワーが建設され、人々の流れがみなとみらいへ流れつつある過渡期の頃だった。

メリーさんをよく見かけた伊勢佐木町や馬車道の様相が変わり始めたのはこの頃からだろうか。

私が大好きだった馬車道の東宝会館は閉館、。キラキラしていた伊勢佐木町の中心ともいえる横浜松坂屋も閉店した。有隣堂本店は残っているけれど、馬車道にあった文具館はなくなったのがいつかさえ思い出せない。

映画が撮影された頃は、まだ横浜松坂屋が残っていた。五大路子さんがメリーさんに扮して伊勢佐木町を歩くシーン、横に見えたMatsuzakayaの文字が見えたとき、涙ぐんでしまった。

 

メリーさんをモデルにした舞台『横浜ローザ』を演じる五大路子さんがアメリカで公演で、多くの人のすすり泣く声を聞き「これは、1人の娼婦の話ではなくて、この時代を生きてきたすべての女性たちの舞台だ」と感じたという。日本の戦後史、戦後を生き抜いた女性たちの歴史、それを描いた『横浜ローザ』を“最大公約数と例えた中村監督は、自身の『ヨコハマメリー』を最小公倍数”と語る。「自分よりもメリーさんをよく知る人」が多い中で撮影に挑んだ青年にとって、この映画をつくることは相当の覚悟を必要としたと思う。シャンソン歌手の永登元次郎さんは、自分の命を削るようにその姿をカメラに向けている。最後の最後で素顔のメリーさんの穏やかな笑顔をとらえた中村監督のただならぬ尽力……胸が熱くなる。

メリーさんを思う多くの人は、あの表情をみたかったのではないだろうかと思う。

 

 今では海外でも知られるようになった『ヨコハマメリー』。

出回っているものが海賊版でないことを願うばかり。

 

 

<本ブログ内リンク>

中村高寛監督作品

『禅と骨』 Zen and Bones

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2017/09/zen-and-bones.html

 

「ヨコハマ」発のもうひとつのドキュメンタリー映画

『毎日がアルツハイマー2』 

http://filmsandmusiconmymind.blogspot.jp/2015/07/blog-post_14.html

 

 

<公式サイト>

『ヨコハマメリー』

http://hitohito.jp

2023年1月19日木曜日

『母の聖戦』(原題:La Civil)

 『母の聖戦』(原題:La Civil)

監督:テオドラ・アナ・ミハイ


原題は、”La Civil”。スペイン語で”市民”という意味だ。2021年の第34回東京国際映画祭で上映されたときは、日本語に直訳した『市民』というタイトルで上映された。

 メキシコでは、ごく普通に生活するどれだけの市民が殺人や誘拐の危険にさらされているのだろうか?

主人公シエロを演じた、アルセリア・ラミレスさんはこう語る。「私自身には幸いそのような経験はないけれど、新聞・テレビ・ラジオで見たり聞いたり、事件は常に存在しているの。行方不明の家族たちはどこから始めたらいいのかすらわからないことも多い。最悪なのは、自分たちの子どもに何が起こったのかわからないとこと、それが地獄なの」。

© MENUETTO FILM, ONE FOR THE ROAD,LES FILMS DU FLEUVE,
 MOBRA FILMS,TEOREMA All rights Reserved.

 監督は、テオドラ・アナ・ミハイ。チャウシェスク政権下のルーマニアに生まれ、米国で映画を学び、ベルギーを拠点に活動をしている。16歳のときに移住したサンフランシコで、メキシコ出身の友人たちと知り合い、その頃からメキシコとの関係が始まる。

 どこにでもいるような素朴で優しいシングルマザーのシエロには、どこにでもいるような美しい娘ラウラがいる。しかし、娘はボーイフレンドと会うために外出したきり帰ってくることはなかった。別れたラウラの父とは違い、シエロは被害者として泣き寝入りすることはしない。娘を救いたいという一途な思いの行き着く先を、カメラは追う……被害者が加害者となり、加害者が被害者として暴力にさらされるという現実。勧善懲悪が成立しないのは、メキシコに限らない。だからこそ、この映画は多くの人々に共感されるのだろう。

 シエロにはモデルが存在する。ミハイ監督がメキシコで知り合ったミリアム・ロドリゲスさんが銃撃され命を落としたのは、「母の日」のことだったという。

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<本ブログ内リンク>


“母の愛”と聞いて私がまっさきに思い出すのがこの映画です。

『カフェ・ド・フロール』(Cafe de Flore)その1

https://www.hark3.com/haha/#modal


<公式サイト>

『母の聖戦』

https://www.hark3.com/haha/#modal

提供:ハーク

2023120日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー



『母の聖戦』の共同プロデューサー・ダルデンヌ兄弟の最新作が、2023年3月31日(金)より日本で公開されます。

『トリとロキタ』

https://bitters.co.jp/tori_lokita/





2023年1月13日金曜日

『モリコーネ 映画が恋した音楽家』(原題:Ennio)

2022年1月13日からの上映開始に伴い、書籍の発売や音楽イベントも開催されます。

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 『モリコーネ 映画が恋した音楽家』(原題:Ennio

監督:ジュゼッペ・トルナトーレ(Giuseppe Tornatore




              ©2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras 


 

 何度も見ているのに。ストーリーだってわかりきっているはずなのに。

 それなのに、少年の笑顔と音楽が流れたとたんに涙が出た。

『ニュー・シネマ・パラダイス』の1シーンが流れたかと思ったら、涙かわく間もなく『海の上のピアニスト』の、あのシーンが……甘すぎるだのセンチメンタルだのと言いたくなる理性を包み込むように、心の奥底の無防備な自分が反応してしまう。

 

 20世紀の映画史を紐解くかのように、モリコーネが音楽を手がけた数々の映画が紹介されていく。ロミー・シュナイダーがいる、アラン・ドロンがいる、マルチェロ・マストロヤンニがいる。ケビン・コスナーも、そしてショーン・コネリーも、彼の音楽を聴きながら演技をしたロバート・デ・ニーロも。輝きを放つスターたちに寄り添うようにモリコーネの音が流れると、俳優が映像に与えた命に、もうひとつの命が宿る。

 

数々の著名人がモリコーネを語るときの表情も、何とも言えない魅力に溢れている。

パット・メセニーの屈託のない笑顔、ブルース・スプリングスティーンもメタリカのジェイムズ・ヘットフィールドもさりげなく登場、モリコーネの曲に歌詞をつけたジョーン・バエズも、彼の音楽で演技がさらに輝きを増したクリント・イーストウッドも、誰もがモリコーネへのでいっぱいなのだ。

 

その価値も芸術性も決して高くはなかった映画音楽というジャンルは、モリコーネによって映画の一部となり、映画になくてはならないものへ変遷していく。映画音楽の歴史は、20世紀の映画の歴史そのものとも言えるのかもしれない。



               ©2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras 

 

2時間37分のドキュメンタリーを見たというより、2時間37分の異次元空間に迷い込んだかのような至福のひととき……ジュゼッペ・トルナトーレによる映像と音楽のコラージュは、2001911日に起きた映像も見逃すことはなかった。そのとき、モリコーネがどのような行動を起こしたかということも。

今、モリコーネが生きていたら、どんな行動を起こしていただろうか。彼はどんな音楽を生み出しているだろうか。映画の余韻は、見た後ももうしばらく続きそうだ。

 

 

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<本ブログ内リンク>

 

『ニュー・シネマ・パラダイス』

Nuovo Cinema Paradiso )

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2015/10/nuovo-cinema-paradiso.html

 

『海の上のピアニスト』4Kデジタル修復版&イタリア完全版

原題 La leggenda del pianista sull'oceano

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2020/08/4k-la-leggenda-del-pianista-sulloceano.html

 

 

公式サイト

 

https://gaga.ne.jp/ennio/

 

配給:ギャガ



<関連イベントリンク>

 

ラ・カーサ・デラ・ムジカ by Rambling RECORDS featuring  ENNIO MORRICONE

2023119日(木)、恵比寿・ブルーノート・プレイスにて開催

https://www.bluenoteplace.jp/



2023年1月12日木曜日

ジェフ・ベックとの思い出(Thinking of Jeff Beck)

 ジェフ・ベックとの思い出(Thinking of  Jeff Beck

 

 “Two Rivers” という曲が大好きだった。

『ギター・ショップ (Jeff Beck's Guitar Shop)』というアルバムの最後から2曲めの少し長めの曲。

しょっちゅうではないのだけれど、あるとき突然、むしょうにこの曲だけ聴きたくなることがあって、そんなときは心を空っぽにし音量を大きくして聴いていた。そして、この曲の後に続く”Sling Shot”で元気を取り戻し、心身を整えていた時期があった。

 このアルバムに出会う前は『ジェフ・ベック・グループ』(Jeff Beck Group)がお気に入りだった。こんなふうにバンド活動ができたら、人生どんなに楽しいだろうと思いながら聴いていた。

ギターのことも知らないし、その演奏のすごさを理解していたわけではないけれど、彼の偉大さが頭ではなく心で感じることができた。自分よりはるかに年上なのに小さな子供のように純粋に見えるジェフ・ベックの生き方が、憧れでもあった。

 

いつもだったらその日のうちに読むことのない夕刊をなぜか今夜は読みたくなってめくると「ジェフ・ベックさん死去」の見出しが。まだ78歳だったのに……

「安らかに息を引き取った」の文字が救いだった。

 

 あなたが天国でもギターを弾き続けるのであれば、ぜひその音を届けてください。

眠りについて、夢の中であなたの音を待っています。

2023年1月5日木曜日

『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』

 2023年が始まりました。

1人でも多くの人の心にゆとりができ、映画を楽しめる年になりますように。

 

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『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY

(原題:Whitney Houston: I Wanna Dance with Somebody




 

 彼女の声は、美しかった。

 歌っているときだけではない。発する言葉そのものが。

『ボディガード』(原題:The Bodyguard)では、映画の筋を追いながらも、彼女の台詞の響きを心地よく聞いていたことを思い出す。

ホイットニー・ヒューストン急死の知らせが入ってから、10年の時が過ぎた。まだ10年なのか、それとももう10年なのか……

彼女の背負っていたものがどれだけ大きかったのか、彼女がどれだけ孤独だったのか、自分に理解できていたのだろうか。

 

ホイットニーの人生が1本の映画になった。主人公を演じるのは、ナオミ・アッキー。

彼女がプロデューサーのクライヴ・デイヴィス(スタンリー・トゥッチ)と対話するシーンが印象に残る。作詞・作曲・編曲、そこに歌い手であるホイットニーの解釈と表現が加わり、全世界にヒットする数々の名曲が生まれた。

母との関係、父との関係、恋人との関係、夫との関係、娘との関係……ホイットニーの周りには多くの人がいたはずなのに、それぞれの関係を紐解こうとすればするほど、なぜか彼女の孤独な後ろ姿が目に浮かんでしまう。






 

 もしこの映画を観て、ホイットニー・ヒューストンという人をもっと知りたいと思った人がいたら、2019年に日本で公開された彼女のドキュメンタリー『ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー』(原題:Whitney)をぜひ観てほしい。

 

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<本ブログ内リンク>

 

『ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー』(原題:Whitney

 

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2019/01/2019-whitney-c-2018-wh-films-ltd.html

 

 

<公式サイト>

 

『ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー』

http://whitneymovie.jp

 

配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント