2022年12月31日土曜日

『フランス映画祭2022横浜』を終えて(Festival du film français au Japon 2022)

コロナ禍が完全に収束したわけではありませんが、「何気ない日常」が少しずつ戻ってきている気配を感じる映画祭でした。

  

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『フランス映画祭2022横浜』を終えて(Festival du film français au Japon 2022



        



新型コロナウイルスのパンデミックから約3年。開催時期をずらし、規模を縮小しながらも横浜で開催を続けてきたフランス映画祭は、202212月、クリスマスのイルミネーションの輝くなか、フランスからの来日ゲストたちを3年ぶりに迎えた。

 オープニングセレモニーで登壇したゲストたち、今回は華やかさよりも親しみやすさが感じられて心癒された。

『幻滅』のバンジャマン・ヴォワザンは茶目っ気たっぷり、『あのこと』でほとんど笑わなかったアナマリア・ヴァルトロメイの笑顔はさわやか、『EIFFEL(原題)』のロマン・デュリスの開会宣言の言葉を聞いた瞬間、目に見えないステキな何かが動き出した気がした。



        

            ©Les Films du Tambour de Soie

 


 心に残ったことが2つある。

1つは、上映作品の複数にシングルマザーが出演していたこと。短編アニメーションにも心を病む母親が登場する。シングルマザーではないが、『あのこと』では命を落とす覚悟で中絶に挑む大学生の姿がある。これは何を意味するのか……日本で制作される映画は、これだけの頻度で女性の生きづらさを描いているだろうか。

                       

そしてもう1つ。今回は、短編長編あわせて7作のストップ・モーションアニメーションが上映されたこと。長編『イヌとイタリア人、お断り!』は、約9年の歳月をかけて制作されたという。アラン・ウゲット監督は、実写のドキュメンタリーも制作するが、祖父の代から受け継いだハンドクラフトの技を活かし、自身のファミリーヒストリーをアニメーションという手法で取り組んだ。膨大な予算や時間を可能な限りコンパクトにし、それでもクオリティを落とすことなく完成させた。


                アラン・ウゲット監督(2022年12月1日撮影)                                   


 


アニメーションは「まだまだ過小評価されています」と語ったマチュー・クートワプロデューサー。彼が連れてきた人形は、予算を抑えるため、本編で1人何役もこなす名優として活躍した。小さな可愛らしい体に大きな夢がぎゅっとつまっているようだった。

映画祭最終日の124日には、趣ある建物(旧第一銀行横浜支店)で「ようこそ、フランスのストップモーション・アニメーションの世界へ 」というマスタークラスのイベントが開催された。映画本編だけでなく、制作者や出演者たちと間近に交流できる時間が戻ってきてくれたことが嬉しい。



             マチュー・クートワプロデューサーが手に取るのは

                                                      「イヌとイタリア人、お断り!」の名役者

                  (2022年12月4日撮影)


 

<本ブログ内リンク>

 

フランス映画祭2021を終えて

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2021/11/2021-festival-du-film-francais-au-japon.html



 

<公式サイト>

 

フランス映画祭2022 横浜(2022121日〜124日)

https://unifrance.jp/festival/2022/



 

※ 本映画祭で上映された『EIFFEL(原題)』は、202333日より、

『エッフェル塔 創造者の愛』というタイトルで全国公開されます。

 

『エッフェル塔 創造者の愛』

https://eiffel-movie.jp

 



 

 

 

2022年12月30日金曜日

『ピエール・エテックス レトロスペク ティブ』(Pierre Étaix)

『ピエール・エテックス レトロスペク ティブ』

                   © 1965 - CAPAC


 

 パリの郊外だろうか。団地から1人の若い女性が自転車で会社へと向かう。自動車が行き交う道路を颯爽と、風を切って走る。バックに流れる音楽が、サーカスが始まる直前のワクワク感を感じさせてくれる……カラー長編『大恋愛』の1シーンだ。ほんの少し登場する本当にさりげないシーンだけれど、ピエール・エテックスのきらきらした感性は、こんな細部に宿るのだと感じる。

 第一次世界大戦から戻り結婚し、10年経った頃。仕事も妻との生活も充実しているが、どこか満たされない。さまざまな人がさまざまな妄想をくり広げ、映画はコミカルに展開していく。シングルベッドが車のように道路を走り出す妄想シーンは、一人ひとりの人生や人間模様を象徴するかのよう。『大恋愛』上映時には、短編『幸福な結婚記念日』が併映される。恋する女性を思うとき、ピエール・エテックス演じる主人公は最も輝きを放つような気がする。

モノクロ長編『ヨーヨー』もまた、主人公が1人の女性への思慕を募らせるシーンから始まる映画だ。彼の一途なまなざしに、道化師(クラウン)の哀愁が重なる。



                   © 1965 - CAPAC




 

<本ブログ内リンク>

 

この映画の助監督となったことが、エテックスの映画進出へのきっかけとなりました。

『ぼくの伯父さん』(Mon Oncle) --Monsieur Hulot と寅次郎--

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2016/09/mon-oncle-monsieur-hulot.html

 

 

この映画のイオセリアーニ監督も、ピエール・エテックスに賛辞を送っていました。

『皆さま、ごきげんよう』

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2016/12/chant-dhiver.html

 

 

<公式サイト>

『ピエール・エテックス レトロスペクティブ』
http://www.zaziefilms.com/etaix/

配給:ザジフィルムズ

『ラ・ブーム 40周年記念デジタル・リマスター版』(La boum)


 

ヴィックを演じるソフィー・マルソーのクルクルと移り変わる表情が魅力的。私がいちばん印象に残ったのは、パパとママが別居することを知らされたヴィックの不安そうな表情です。

 

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『ラ・ブーム 40周年記念デジタル・リマスター版』




                © 1980 Gaumont

 

この映画が日本で初公開されたのは、19823月。

映画雑誌の人気投票では、主演のソフィー・マルソーがたちまちトップに。街じゅうで主題歌の”Reality”(邦題:愛のファンタジー)が流れていた。若者文化にソニーのウォークマンが加わり、社会全体に勢いがあった。バブルのようなきらびやかさとは少し違う、ふわふわとした期待感に満たされていた時代だった。リアルタイムで知る世代にとっては、懐かしさがぎゅっとつまったタイムカプセルのような映画かもしれない。

 

 では、今を生きる若者たちは、この映画を観て何を思うのだろう…

この映画が放つきらめきが、今の時代にあるだろうか。今の若者たちは、ワクワクしているだろうか。十分に悩んでいるだろうか。両親に相談できないことをこっそりと打ち明けられる人がいるだろうか。

 今の10代、20代の人たちにこそこの映画を観てほしい。そして、どんなことを感じるか教えてほしい。もし、あなたたちがこの映画を観て、リアルタイム世代と同じようなキュンキュンする気持ちを持つことがあるのなら、きっと私たちの未来は明るいと思う。今の世の中には無関心怒りの感情ばかりが目立つけれど、私たちの胸の中にはもっともっと素敵な感情が眠っている。この映画には、そんな豊かな感情を目覚めさせる力があるような気がする。



                 © 1980 Gaumont



 

<本ブログ内リンク>

 

ソフィー・マルソーは、その後俳優として活躍するだけでなく、映画監督も手がけるようになりました。2008年のフランス映画祭では、団長として来日。そのときのようすについてふれています。

 

フランス映画祭2016が始まる

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2016/06/2016_22.html

 

『ラ・ブーム』の少し前のアメリカ映画(舞台はフランス・イタリア)

この映画も、10代の少年少女とそれを見守る大人たちの関係を描いています

再)『リトル・ロマンス』

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2015/11/a-little-romance.html

 

 

<公式サイト>

映画『ラ・ブーム』『ラ・ブーム2』公式サイト

https://www.finefilms.co.jp/laboum/


 

配給:ファインフィルムズ 

 

 

<Credit>


© 1980 Gaumont

2022年12月2日金曜日

『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』その3 

 『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』その3 

 スタンダール作品を演じる女優たち


© 1947 SND (Groupe M6) – DISCINA

 

 今回の映画祭で上映されるスタンダール原作の2作、『パルムの僧院』(Le Chatreuse de Parme)と『赤と黒』(Le Rouge et le Noir)。ジェラール・フィリップ演じる主人公はもちろんだが、共演する女優たちにも注目したい。

 

 『パルムの僧院』で、サンセヴェリナ公爵夫人を演じるマリア・カザレス(Maria Casares)。ファブリス(ジェラール・フィリップ)を守るために彼女は選びたくなかった方法を選択する。少し下に目線を向けたときの表情、憂いを含んだ微笑み……艶やかな美しさは幸福とは遠いところにあるのだろうか。本作より少し前に製作された『天井桟敷の人々』 Les enfants du Paradis)でも、マリア・カザレス演じる女性は、求める人からの愛を得ることができず苦しんでいたことを思い出す。


©1954 Gaumont - Documento Films

  

『赤と黒』では、ジュリヤン(ジェラール・フィリップ)と恋に落ちるレナル夫人を演じたダニエル・ダリュー(Danielle Darrieux)。ためらいながらも、恋しくてたまらなくなって、靴音を立てないように裸足になってジュリヤンの部屋まで向かう仕草。ドアの前でそのドアを叩くことも開けることもできないでいる恥じらい、”嫉妬”という感情にもて遊ばれる迷いと苦しみ……『パルムの僧院』のモノクロの映像では、登場人物たちの”表情”が印象的だが、『赤と黒』では、色彩豊かな映像の中で見る彼らの”動き”が余韻を残す。

 

 そして、2作に共通するのが、もう1人の女優だ。『パルムの僧院』のマリア・カザレスを”漆黒の宝石”と表現するなら、クレリアを演じるルネ・フォールは”純白の花“だ。『赤と黒』では、侯爵の令嬢マチルドを演じるアントネッラ・ドゥアルディは、清楚で従順なレナル夫人とは対照的、奔放で気丈な魅力を放つ。

 

 フランス文学に造形が深く、映画への物足りなさを感じる人も少なくないかもしれない。そうであったとしても、賛否両論、多くを語り、議論できることそのものが、幸せな営みではないだろうか。原作の素晴らしさ、映画の素晴らしさ(あるいは物足りなさかもしれない)、そして俳優たちの美しさに満たされながら、あたたかな冬を過ごしたいと思う。

 

<本ブログ内リンク>

 

 

『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』その1

いい夫婦の日に寄す

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2022/11/1001-gerard-philipe-100ans.html


 

『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』その2

 罪を犯す若者たち、その後ろ姿…

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2022/11/1002.html

 


 

<公式サイト>

『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』

http://www.cetera.co.jp/gerardphilipe/


『パルムの僧院』と『赤と黒』は、2K デジタル・リマスター版が上映されます。

 

配給:セテラ・インターナショナル

 

 

 

 

2022年11月24日木曜日

『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』その2 

『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』その2

 罪を犯す若者たち、その後ろ姿…



© 1950 Les Productions Sacha Gordine/2016 Tigon Film Distributors Ltd. All Rights Reserved.



  映画の中で、ジェラール・フィリップが演じる主人公はさまざまな罪を犯す。『ジュリエットあるいは夢の鍵 愛人ジュリエット』( 原題:Juliette ou la Clef des songes)では、恋人を喜ばせるために、『美しき小さな浜辺』(原題:Une si jolie petite plage)では、自分自身の心を守るために。前者は幻想的に、後者は自然主義的に人の業(ごう)を描いていく。

  罪は罪である。しかし、ジェラールが演じる罪人(つみびと)には哀愁が漂い、その背中を見てしまうと、罰ではなく慈悲を与えたくなってしまうのだ。彼が真の役者であると感じるのは、彼だけが表現できる詩的な哀愁ゆえかもしれない。




©1949 - PATHE FILMS




 

<本ブログ内リンク>

 

『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』その1

いい夫婦の日に寄す

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2022/11/1001-gerard-philipe-100ans.html

 

<公式サイト>

『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』

http://www.cetera.co.jp/gerardphilipe/

 

 

配給:セテラ・インターナショナル

2022年11月21日月曜日

『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』その1 (Gérard Philipe 100ans D'anniverssaire 1)

 11月22日は「いい夫婦の日」。

ジェラール・フィリップと妻のアンヌの強い絆を見ながら、ああこれが「いい夫婦」なのだと痛感しました。

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『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』その1




  ああ、そういうことだったのかと、謎が解けていくようだった。

 36歳という若さで世を去ったジェラール・フィリップが舞台や映画に出演したのは約16年。しかし、彼が過ごした時間は、驚くほど濃密だ。偉大な監督たちとの出会い、強烈な個性の俳優たちとの共演……彼が出演した映画はどれも色褪せない輝きを放つ。そこには、ジェラール自身の演技力に加え、アンヌの尽力があったのだと。

「どのような作品を選ぶべきか」「どのような人物を演じるべきか」、その選択に関わったのがジェラールの年上の妻、アンヌだった。日本初公開となるドキュメンタリー『ジェラール・フィリップ 最後の冬』では、ジェラールの人生に大きな影響を与えた、アンヌの決断と苦悩についても語られる。

 11月25日から始まる『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』では、前述のドキュメンタリーに加え、彼が残した作品のうちの11本が上映される。愛に生き、苦悩し、罪を犯し、野心に燃え、自分を貫き……陰と陽の魅力を行き来しながら役から役へと軽やかに渡っていく20世紀の若者、ジェラール・フィリップの魅力を、21世紀の若者たちに知ってもらいたい。



<公式サイト>

『ジェラール・フィリップ 生誕100年映画祭』

http://www.cetera.co.jp/gerardphilipe/

配給:セテラ・インターナショナル


第35回東京国際映画祭を終えて(35th Tokyo Internathinal Festival)

 35回東京国際映画祭を終えて(35th  Tokyo Internathinal Festival)  



                                           一堂に会する上映作品のポスターも楽しみ(2022年10月26日撮影)


 コロナ禍に入って3年目。

 感染症対策を講じながら、20221024日から112日にかけて、第35回東京国際映画祭が開催された。

印象に残った2つの言葉がある。

 

昨年に引き続き、フェスティバル・アンバサダーをつとめた橋本愛さんの言葉

「私の知っている人で、(ジェンダーの問題で)とても苦しんでいる人がいます。”LGBTQ+”という言葉があるけれど、そもそもこの世界に同じ人は誰一人いないし、苦しみの状況もひとそれぞれ違う。こうすれば幸せになるというものもない。だから、一人でも多くの人が苦しむ人の具体的な苦しみに寄り添って考えることを繰り返していくしかないと思うんです」。小さな積み重ねのなかで、一人ひとりが自分の考え方を変えていくことが大切……人の考え方を変えていくこと、映画 にはそれをする力があるのではないか、橋本さんはそんな希望の言葉を私たちに投げかけた。

2022921日、第35回東京国際映画祭ラインナップ発表記者会見より)



                 橋本愛さん(2022年9月21日撮影)


 

審査委員長のジュリー・テイモアさん。

「映画は、芸術は、どんなに醜いダークな現象であっても、それを美しく表現します。それによって私たちの魂は開かれていきます」。ニュースで流れるありのままの現実の中には、目を背けたくなるものもたくさんある。しかし、映画を通してなら、その現実に真摯に向き合うことができるのかもしれない。

20221025日、第35回東京国際映画祭審査員記者会見より)




                         ジュリー・テイモアさん(2022年10月25日撮影)



 本映画祭のコンペティション作品として上映されたイタリア映画『ファビュラスな人たち』(原題:LeFavolose, 英題:The Fabulous Ones 監督:ロベルタ・トッレ)を観たとき、橋本さんとテイモアさんの言葉がよみがえった。

 

                                              © 2022 Stemal Entertainment srl Faber Produzioni srl

 

   5人のトランスジェンダーが1軒の家で再会する。まるで同窓会のよう。年を経てシワも増えた彼女たちの表情は穏やか。再会をなつかしむ様子をみていると、華やかで楽しい時代を共有した仲間たちのように見える。が、彼女たち一人ひとりがカメラ目線で過去を打ち明けるとき、その一言ひとことに胸がいたくなる。

 映像は彼女たちの仕草と同じように優雅で品がある。夏の陽の光が柔らかい。暴力的な描写はない。しかし、映し出されない彼女たちの歴史を思うと、苦しくてたまらない。

 この映画を見た私は、少しだけ成長することができただろうか。 

 一歩でもいいと思う。前へ進む勇気を持ちたい。

                                                      



 

 

<公式サイト>

35回東京国際映画祭

https://2022.tiff-jp.net/ja/

2022年11月10日木曜日

『ランディ・ローズ』 (Randy Rhoads: Reflections of a Guitar Icon )

 映画の中でオジー・オズボーンがこう言っています。

「ランディはいつも俺の心の中にいるよ」と。

私たちが彼を忘れない限り、ランディ・ローズは生き続けているのかもしれません。

 

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『ランディ・ローズ』

 (原題:Randy Rhoads: Reflections of a Guitar Icon 2022年 アメリカ )

監督:アンドレ・レリス(ANDRE RELIS) 


 

   こんなことを考える。

 神様はなぜ、このタイミングで、こんな方法で彼を連れ去ってしまったのか。

 いや、神様はこのとき、たまたまよそ見をしていたのかもしれない。

 神様もミスをすることがあるのだろうか。

そもそも、神様は存在しないのもしれない。存在しても、人の生き死について関与しないか、あるいは関与できないのかもしれない。




                                                                              ©RANDY RHOADS: LEGEND, LLC 2022

 


ランディ・ローズ……Rのイニシャルが2つ並ぶ、キラキラした名前。響きがとても綺麗で、一度聞いたら忘れることがない。輝かしいダイヤの原石が、磨き上げられる前に海の底に沈んでしまった。

 

3人きょうだいの末っ子。父はランディが1歳半の頃家を去った。シングルマザーとなった母は、音楽学校を経営しながら子どもたちを育てる。バンド活動をしながら、ここでギターを教えていたランディは、50人以上の生徒を受け持つこともあった。“ I learned more than I ever have learned by teaching.”(「教える」ことで、僕は多くのことを学んだんだ)と語るランディの肉声が本編で流れる。そのとき、腑に落ちるのだ。あの音色がどこからやってくるのか。天使のように純粋で、シルクのように繊細。誠実であり、謙虚であるランディの心がそのままエレキギターの弦に乗っているのだと。

 

ツアーの途中で事故に遭ったランディ。彼の死を目の前で見なければならなかったオジー・オズボーンとバンドメンバーたちは、どんなにつらかったろうか。ランディを失っても演奏をしなければならなかった彼らは、どんなに悲しかったろうか。そして25歳の息子を失った母は、家族は、親友は……多くの人に愛されたギター青年は、天に召されたまま年を取らず、永遠のギター青年になった。


”He is a small guy with such an enormous giant talent”(小さな体にとてつもなく大きな才能を秘めていた)と、オジーは語る。

 

もっともっと、生きてほしかった。

 

 

<本ブログ内リンク>


『スージーQ』 (SUZI Q )

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2022/07/q-suzi-q.html


 

<公式サイト>

 

『ランディ・ローズ』

https://randy-rhoads.jp

 

1111日(金)より新宿シネマカリテ、渋谷シネクイントほか全国ロードショー

提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム

2022年9月19日月曜日

『エリザベス 女王陛下の微笑み』 <原題:Elizabeth: A Portrait in Part(s) >

 ロジャー・ミッシェル(Roger Michell)監督がこの世を去ったのが、2021922日。もうすぐ1年が経ちます。コロナ禍によって「映画の撮影ができない」という危機を「アーカイブ・ドキュメンタリーの制作」というチャンスに変えて生まれたのが、彼の遺作となった、この映画です。そして、映画の主人公、エリザベス女王もまた、202298日、天に召されました。

日本各地の映画館で本作の追悼上映が始まっています。

 

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『エリザベス 女王陛下の微笑み』 <原題:Elizabeth: A Portrait in Part(s) >

監督:ロジャー・ミッシェル 



(c)Elizabeth Productions Limited 2021


 

「君臨すれども統治せず」という言葉で知られるエリザベス女王。

私にとっては「(この世界を)共に生きてくれた人」だった。

お茶目で、おしゃれで、可愛くて……ああ、こんなおばあちゃんになりたいなと思わせてくれる人。歳を重ねることの楽しみを教えてくれた人。それが、この人だった。「女王陛下」という称号すらかすんでしまうくらい、「人」としての魅力に溢れていた。

そして、生涯をかけて1人の男性(フィリップ殿下)との愛を貫かれ、添い遂げられた。王冠ではない、宮殿ではない、女王の人生がきらきら輝いてみえるのは、「愛」の大きさゆえではないだろうか、そう思った。

 

『ノッティング・ヒルの恋人』(1999年)を撮ったロジャー・ミッシェル監督が切り取ったのは、ポップでユーモアに溢れ、ほんのり淡いピンク色のエリザベス女王の軌跡。

「死を悼む」というのは、「生を振り返る」ことでもあるのだと気づいた。


 

(c)Elizabeth Productions Limited 2021

 

<公式サイト>

『エリザベス 女王陛下の微笑み』 

https://www.star-ch.jp/starchannel-movies/ 


2021/イギリス/カラー/90/英語/5.1ch/ビスタ/日本語字幕:佐藤恵子/字幕監修:多賀幹子



2022年9月15日木曜日

『3つの鍵』 (原題: Tre piani )

 3つの鍵』  

(原題: Tre piani  2021年 イタリア・フランス)

監督・脚本:ナンニ・モレッティ 

 

 ここに3つの鍵がある。

 どこにでもありそうな、取り立てて変わったところのない鍵だ。古風でもないが新しくもない。

 この鍵を開け部屋の中に入ってみよう…… 

ローマの高級住宅街のアパート。同じ建物に3世帯の家族が住んでいる。

 1人の女性が門を開ける。生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしながら運ぶ荷物は重そうだ。部屋に戻ると誰もいない。大きな出産祝いが届いているだけ。夫と不仲の兄からだ。夫に電話をするが、贈り物は受け取りたくないと拒否される。

もうひとつの部屋には、厳格な裁判官の夫とひとり息子を案じる妻がいる。息子の過ちを受け入れようとする妻の表情は母親そのものだが、夫が父親の顔を見せることはない。

3つめの部屋。共働きの夫婦がいる。近所には、娘を実の孫のようにみてくれる老夫婦がいる。一見、何も問題もなさそうな家族だが、1台の車が自分たちの部屋に衝突するという事故をきっかけに、歯車が狂い始める。


© 2021 Sacher Film Fandango Le Pacte


 

完璧な家族なんていない。それはわかっている。頭でわかっているけれど、映画は頭でなく、私たちの心に訴えてくる。誰しも、自分の子供が大切なのだ。その大切な子供にできる限りのことをしたいと思っている。しかし、人という生き物は本能的に自分自身を守るようにできているのだろう。自分の心が壊れないために、自分の心を守るためにあらゆることをしようとする。そのことを突きつけられる。

 

それでも、ナンニ・モレッティ監督の目線には救いがある。情熱的な音楽に合わせて踊る人たちのパレードがアパートを通り過ぎるときの、登場人物たちの明るく開放的な表情のなんと爽やかなこと。裁判官の妻、ドーラ(マルゲリータ・ブイ)の選ぶ花柄のワンピースから垣間見える希望のかけらを、私たちも手に入れられるような気がする。 

 

<本ブログ内リンク>

 

家族や隣人を描いたイタリア映画がここにも。

 

『ナポリの隣人』 

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2019/03/la-tenerezza.html

 

 

マルゲリータ・ブイ 出演作品

『はじまりの街』

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2017/11/la-vita-possibile.html

 

 

 

<公式サイト>

『3つの鍵』 

child-film.com/3keys


 

2021年/119分/イタリア・フランス映画/原題:Tre piani/ 字幕:関口英子

後援:イタリア大使館/特別協力:イタリア文化会館/配給:チャイルド・フィルム 

 

 

原作:エシュコル・ネヴォ

出演:マルゲリータ・ブイ

リッカルド・スカマルチョ

アルバ・ロルヴァケル

ナンニ・モレッティ ほか