2023年12月25日月曜日

『PERFECT DAYS』

  春と秋がなく、四季から二季へと移り変わろうとする1年が終わろうとしています。

 神社の大切な木が伐採され、人々の憩いだったいちょう並木が失われようとする中、本当に守るべきものが何なのか、多くの人が気づき始め

ているのではないでしょうか。

 1222日に公開が始まったこの映画の主人公・平山は、命の芽吹きを愛おしむ人です。そしてKOMOREBI”(木漏れ日)を深く愛する人です。

 

 彼のような生き方を貫くのが難しくても、彼の優しさをほんの少しでもなぞろうとする人が増えれば、変わりゆく地球も少しずつ救われていくのではないでしょうか。そう信じながら年を越したいと思います。

 

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PERFECT DAYS

(監督:ヴィム・ヴェンダース  2023 日本)


                                                                       ©︎ 2023 MASTER MIND Ltd.



 

「影踏み、しましょうか?」

 初対面の2人の大人が夜、影を踏み合っている姿のなんと微笑ましいこと……そこには、消えゆく命という悲しみがある。そして、その悲しみを癒そうとする優しさがある。

 

ヴィム・ヴェンダース監督がこの映画の主人公に選んだ名前は「平山」。小津安二郎監督を敬愛する彼にとって、この名前には特別な意味がある。『東京物語』を知る人はその理由を容易に推測できることだろう。

平山(役所広司)はトイレの清掃員。毎朝、大好きな曲を録り集めたカセットテープを聴きながら清掃場所へと向かう。仕事を終えると銭湯へ。お気に入りの飲み屋で食事をし、寝る前にはテレビもラジオもない部屋で読書を楽しむ。劇中の会話は少ない。それゆえ、登場人物の発するひと言ひと言がくっきりとした跡を残す。

«  The House of the Rising Sun »(朝日のあたる家)をうたう居酒屋のおかみ(石川さゆり)、ときおり平山の前に現れるホームレスのダンサー(田中泯)、久しぶりに会う姪っ子(中野有紗)……登場人物ひとりひとりの存在感。そこに漂う余韻。日本文化に心を寄せるヴィム・ヴェンダース監督の「間」(ま) の取り方に心地よさを覚える。

ヴェンダース監督が愛した”KOMOREBI”(木漏れ日)という日本語。そこには、木があって葉があって風があって音がある。そしてそこにあるもうひとつの「何か」に、どうか気づいてほしい。

 

2023年/124分/日本 

 

監督 ヴィム・ヴェンダース

脚本 ヴィム・ヴェンダース、 高崎卓馬

出演 役所広司 柄本時生 中野有紗 アオイヤマダ 麻生祐未、

石川さゆり、田中泯 三浦友和

 


公式サイト

PERFECT DAYS』 

perfectdays-movie.jp




                                                          ©︎ 2023 MASTER MIND Ltd.

 

2023年12月9日土曜日

『ロスト・キング 500年越しの運命』 (原題:The Lost King)

 123日から始まった「障害者週間」が今日129日で終わります。

今上映されているこの映画を思い出しました。

 

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『ロスト・キング 500年越しの運命』

(原題:The Lost King

 

 事実は小説よりも奇なり……

 イギリスの詩人バイロンの言葉そのものだ。

 シェークスピアの芝居を見てからているときに突然ひらめき、500年もの間行方知れずのリチャード三世の遺骨を探そうというのだから。(この映画はまったくのフィクションではなく、実話に基づいている)

 そんなとんでもないことを思いついたのが、会社をリストラされたばかりのフィリッパ。子供が1人、夫とは別居中。さらに、彼女は筋痛性脳脊髄炎という難病をかかえていて、薬なしで生活することができない体だ。

 そんな体でありながら……と思いかけ、考え直した。そんな体だったからこそ、彼女は挑戦し、成し遂げたのではないかと。「忠誠心にあふれ、敬虔で正義感の強い人だという証拠があるのよ」と、冷酷非情で悪名高いリチャード三世のイメージをくつがえす発言を堂々とできるのも、権力に丸め込まれまいとする頑固さも、相当なエネルギーが必要なことだ。そしてそのエネルギーはどこかに弱さを持った人だけが持ち得るもののような気がする。そう、体力気力溢れる健康な人には出すことのできないエネルギーなのだ。

 もしも何らかの理由で自分のやりたいことができずにいる人がいたら、どうかあきらめないでほしいと伝えたい。この映画のフィリッパのように。彼女は今でも現実の世界で生きている実在の人物であることを忘れないでほしいと思う。

 

 

2022年/108分/イギリス

配給:カルチュア・パブリッシャーズ

 

<公式サイト>

 

https://culture-pub.jp/lostking/

 

 

 

 

2023年11月25日土曜日

『ほかげ』

  現在放送中のNHK連続テレビ小説「ブギウギ」で主人公・福来スズ子(花田鈴子)を演じる趣里さんが、この映画でも重要な役を演じています。彼女が演じる2人の女性は、置かれている状況も性格も違いますが、年齢はとても近いように思えます。


今日、20231125日から上映が始まります。

 

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『ほかげ』

(監督:塚本晋也

 

©2023 SHINYA TSUKAMOTOKAIJYU THEATER



 2011年頃からだろうか。

 「戦後」という言葉を使う時代ではなくなったのかな、と感じるようになった。

 東日本大震災があり、コロナ禍があり、歴史の教科書が「飛び出す絵本」のように迫ってくるような感覚で生きている自分がいる。

「戦後」という言葉が薄れていく気配があるからこそ、だからこそ忘れてはいけないのだ。今というときが、この11日が「戦前」という言葉に置き換えられてはいけないのだと、強く思う。

 塚本晋也監督の最新作で描かれる戦争は、兵士たちが銃を取り、飢えをしのぐ物語ではない。戦後間もない日本の、市井の人々の物語だ。財産をなくし、家族をなくし、尊厳をなくし、それでも生きていかなければならなかった人々の生活を忘れないでいたい。



©2023 SHINYA TSUKAMOTOKAIJYU THEATER

 

 

<公式サイト>

ほかげ

https://hokage-movie.com

配給:新日本映画社

11月25日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

2023年11月24日金曜日

『L. G.が目覚めた夜』~ロリエ・ゴードロが目覚めた夜~ (原題:LA NUIT OÙ LAURIER GAUDREAULT S'EST RÉVEILLÉ)

  

L. G.が目覚めた夜』~ロリエ・ゴードロが目覚めた夜~

(原題:LA NUIT OÙ LAURIER GAUDREAULT S'EST RÉVEILLÉ

 

 彼はいったいどんな思いで生きてきたのだろうか?

 タイトルになっているL.G.(ロリエ・ゴードロ)。彼は決して舞台に登場しない。しかし、鎖のように、登場人物たちの心を縛り付けている。

ケベック郊外の小さなまちで育ったミレイユの仕事は、タナトプラクター(死体保存の処理を行う専門家)。どんな悪人も、棺の中で聖人となってよみがえる。彼女の施す演出と装飾によって……彼女がこの仕事を選ぶに至った理由。そこにロリエ・ゴードロの存在があった。

 

彼は、なぜ真実を語ろうとしなかったのだろうか?

将来を約束された16歳の少年が、たった一夜ですべてを失ってしまう。しかし、傷つくのは被害者だけではない。小さなまちの中で、被害と加害が入り混じり、小さなつむじ風のような負の感情がぐるぐると渦巻く。

 

彼が口を閉ざした中にあったものは、何だったのだろう?

強すぎる驚きゆえに、ふさわしい言葉をみつけられなかったのだろうか?

それとも、絶望ゆえの沈黙だろうか?

あるいは……

 

グザヴィエ・ドラン監督が手がけるTVドラマ『ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと』

の原作となったのが、ケベック出身の戯曲作家のミシェル・マルク・ブシャールによるこの戯曲だ。忙しい合間をぬって集まったチームによって織り成される朗読劇は、会場いっぱいに緊張感と情熱がほとばしる。



会場の中で、静寂と情熱が調和する
(トーキョーコンサーツ・ラボ)


 

原題La Nuit où Laurier Gaudreault sest réveillé

作 ミシェル・マルク・ブシャール(Michel Marc Bouchard)

翻訳・演出: 山上優

音楽・演奏: 笠松泰洋

企画・運営: 国際演劇協会日本センター 戯曲翻訳部会

出演:松熊つる松(劇団青年座) 一谷真由美(演劇集団 円)

尾身美詞(劇団青年座) 谷畑聡(劇団AUN

坂本岳大 玉置祐也(演劇集団 円)

 

会場:Tokyo concerts lab.

トーキョーコンサーツ・ラボ 169-0051 東京都新宿区西早稲田2--18

https://tocon-lab.com/access

 

<公演日時>

20231121日(火)1830

20231122日(水)14:00 */ 1800

20231123日(木・祝)1800

20231124日(金)1300* / 18:00

22日(水)と24日(金)のマチネ公演終了後、アフタートークあり


主催 公益社団法人国際演劇協会日本センター

後援 ケベック州政府在日事務所

BS10 スターチャンネル

協力 CEAD  Centre des auteurs dramatiques(劇作家センター、モントリオール)

 

 

 <本ブログ内リンク>

グザヴィエ・ドラン監督作品

「たかが世界の終わり」

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2017/03/juste-la-fin-du-monde.html

 

 

<ご参考>

 

TVドラマ『ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと』

https://www.star-ch.jp/drama/lauriergaudreault/sid=1/p=t/





 


2023年11月15日水曜日

再)『ひなぎく』(原題:Sedmikrasky/チェコ・スロヴァキア/1966年/75分)その4

シアター・イメージフォーラムで、映画『ひなぎく』が上映されています。

現在、6週目(〜11/24)までの上映が決まり、終了日は未定とのこと。

2014712日、シアター・イメージフォーラムで『ひなぎく』上映終了後に行われた、チェコ出身のペトル・ホリーさんのトークを再掲載します。


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再)『ひなぎく』(原題:Sedmikrasky/チェコ・スロヴァキア/1966/75)その4


ホリーさんは、ヴェラ・ヒティロヴァー監督の伝記などをもとに、『ひなぎく』製作の撮影秘話や、当時の社会情勢をくせのない日本語で語ってくれた。司会は、配給元であるチェスキー・ケーのくまがいさん。

 1972年生まれのホリーさんは、『ひなぎく』が製作・上映された1966年をリアルタイムで知る世代ではない。それでも、プラハ郊外で育ち、プラハ・カレル大学で学んだ彼には「プラハの春」も「チェコ事件」も、歴史の教科書の中の出来事ではなかった。これらの延長線上に、ホリーさんの日常生活はあったからだ。

ペトル・ホリーさん(2014年7月12日撮影)
 
”ガールズムービー”と呼びたくなるようなポップな作品でありながら、第二次世界大戦の映像が同居するという、大胆不敵さ。激動の時代を生きたヴェラ・ヒティロヴァー監督だからこそ、ここまでのことができたのだろうか。

かつて、ナチのハイドリヒが、チェコの人々を「笑う野獣」と称したそうだ。「それは、チェコの人間にとって、最高の褒め言葉です」とホリーさん。チェコの庶民は、戦争の傷跡が残る60年代にあっても、『ひなぎく』を見て笑った。それだけ、彼らはパワフルだった。しかし、「国」としてのチェコ=政府は、決して笑いを理解することはなかった。後に『ひなぎく』は上映中止、ヴェラ・ヒティロヴァー監督は、長い期間、創作に携わることを許されなかった。

「それでも」とホリーさんは続ける。「ヒティロヴァーさんはその時代を楽しく過ごしたようです」。パワフルな人生を歩んだ彼女は、90年代にくまがいさんの父・粕三平さんの招聘により、お兄さんとの来日も果たしたそうだ。
2014312日、『ひなぎく』の日本再上映を前に天に召されるまで、彼女が過ごした時間のダイナミックさが、ホリーさんとくまがいさんの朗らかなトークから伝わってきた。

チェスキー・ケー くまがいさん(2014年7月12日撮影)



<本ブログ内リンク>
『ひなぎく』 その1

『ひなぎく』その2 

『ひなぎく』その3

<公式サイト>

映画『ひなぎく』 



2023年9月26日火曜日

『ジャン=リュック・ゴダール 反逆の映画作家(シネアスト)』 (原題:Godard seul le cinema)

『ジャン=リュック・ゴダール 反逆の映画作家(シネアスト)』

(原題Godard seul le cinema 2022年フランス

監督:シリル・ルティ 

 

「カメラ万年筆ではない、まるでカメラ絵筆のよう」

彼の映像を、こう語る人がいる。

『勝手に逃げろ/人生』<原題:Sauve qui peut (la vie)1シーンがさっと流れる瞬間、「映画」という手法の果てしない可能性にはっと気付かされる。可能性、それは希望。ジャン=リュック・ゴダールという人は、希望を追い続けた人だったのだと知る。

政治活動に熱心な人、反逆の人というイメージを持たれがちだが、「子供のような笑顔が素敵だった」、「彼の笑顔が大好きだった」と語られるように、心の奥に純真無垢で繊細なものを秘めていた人だったのだろう。そんな人だから、カメラの向こうにうつる子供たちの表情も愛おしい。

 映画の冒頭で流れる彼の言葉が忘れられない。

 

ET MÊME SI RIEN NE DEVAIT ÊTRE COMME NOUS L’AVIONS ESPÉRÉ,

CELA NE CHANGERAIT RIEN À NOS ESPÉRANCES 

「たとえ希望が叶わなくても、我々は希望を持ち続ける」(字幕:齋藤敦子)

 



                                         ©10.7 productions/ARTEFrance/INA – 2022

  


出演:マーシャ・メリル、ティエリー・ジュス、アラン・ベルガラ、マリナ・ヴラディ、ロマン・グーピル、ダヴィッド・ファルー、ジュリー・デルピー、

ダニエル・コーン=ベンディット、ジェラール・マルタン、ナタリー・バイ、

ハンナ・シグラ、ドミニク・パイーニ



<公式サイト>


『ジャン=リュック・ゴダール 反逆の映画作家(シネアスト)』

http://mimosafilms.com/godard/


配給:ミモザフィルムズ


               ©10.7 productions/ARTEFrance/INA – 2022



2023年9月16日土曜日

『熊は、いない』(英題:NO BEARS )

 『熊は、いない』(原題خرس نیست/英題:NO BEARS 

監督・脚本・製作:ジャファル・パナヒ2022年 イラン)



                                                     ©2022_JP Production_all rights reserved


 

  映画監督のジャファル・パナヒ(本人役で出演)が簡素な部屋でMacbookを開いている。画面の向こうでは、ドキュメンタリー映画の撮影現場が映っている。オンラインで助監督に指示を出している途中で突然、接続が悪くなって切れてしまう。携帯の電波もつながらない。

ここは、イラン国境近くの小さな村。女の子が生まれると、へその緒を切る前に将来の夫を決めるというしきたりがあるらしい。のどかな風景、素朴な村人たち。映画はゆったりとしたテンポで進む。一瞬、コメディ映画を見ているのかと錯覚してしまう。ドキュメンタリーなのか、フィクションなのか、曖昧な空間を彷徨いながら、事態は深刻な方向へと導かれていく。


                                                     ©2022_JP Production_all rights reserved


  

20227月、ジャファル・パナヒ監督はイラン国内で拘束される。映画の中の話ではなく、実際に起きた事件だ。解放されたのは202323日、約7ヶ月にわたる拘束だった。「イランで映画を撮る」ことの重さをこの映画を通して知る。がんじがらめの状態に置かれ、それでも決して屈することなく自由と信念を貫く姿……映画が届けてくれるメッセージを、残さずしっかりと受け止めたい。



 

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パナー・パナヒ監督の長男、パナー・パナヒ監督の「君は行く先を知らない」が、825日より順次公開されています。2本合わせてぜひ。

 


 

<本ブログ内リンク>

『君は行く先を知らない』

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2023/08/hit-road.html

 

 

<公式サイト>

 

『熊は、いない』(英題:NO BEARS 

https://unpfilm.com/nobears/

 

 

『君は行く先を知らない』(英題:HIT THE ROAD

https://www.flag-pictures.co.jp/hittheroad-movie/

2023年9月7日木曜日

再)チェコ・ヌーヴェルバーグ『ひなぎく』その5

1964年に開館した「京都みなみ会館」が、2023年9月30日(土)で閉館することを知りました。

最後の1ヶ月の上映作品の中に、ヴェラ・ヒティロヴァー監督の映画『ひなぎく』が名を連ねています。明日、9月8日(金)から上映開始です。

2016年に執筆した記事を一部改稿し、再掲載いたします。

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再)チェコ・ヌーヴェルバーグ『ひなぎく』その5
(原題:Sedmikrásky/チェコ・スロヴァキア/1966/75分)
監督:ヴェラ・ヒティロヴァー(Věra Chytilová


©State Cinematography Fund


 1950年代。チェコは、旧ソ連の社会主義陣営の中にあり、少しでも抵抗すると「死刑」という道が待っていた。
 しかし、1962年頃から、ヒティロヴァーをはじめとする若い世代たちが出現。その抑圧から逃れようとする力が芸術を開花させる。その中のひとつが、 1966年の映画『ひなぎく』だ。
 1968年、「プラハの春」が始まるが、「チェコ事件」と呼ばれるソ連の軍事介入により、はかなく終わりを告げる。100人以上の死者も出たチェコ事件では、国民はその手に武器を持たず、花を持っていたそうだ。非暴力抵抗……ベルリンの壁が崩壊する30年ほど前の時代のできごとだ。
映画『ひなぎく』が世に出て、50年以上が経った。私たちはこの時代より自由になっているだろうか?より成熟した社会に生きているだろうか?

過ちをくり返してはいけないと思う。
そして、時代を逆行してもいけないと思う。

そんな思いとうらはらに、過ちは繰り返され、もしかしたら時代を逆光しているのでは、と感じることがある。

抑圧を軽やかに飛び越えたヒティロヴァー監督の知恵を、この映画から学びたい。



©State Cinematography Fund


<公式サイト>
映画『ひなぎく』
(※上映に関する最新の情報が、逐次掲載されます)


<本ブログ内リンク>

『ひなぎく その1』

『ひなぎく その2


『ひなぎく その3

『ひなぎく その4