2017年3月19日日曜日

上馬ガソリンアレイという時代 その6 (Kamiuma Gasoline Alley)

上馬ガソリンアレイという時代 その6

上馬ガソリンアレイ
かつて、そんな名のライブハウスが東京にあった。
そこから、さらに大きなステージへと旅立ち、大物ミュージシャンとなった人がいた。
うだつが上がらず、それでも音楽活動を続ける人もいた。
音楽の道を断念し、新しい道に進んだ人もいた。

はっきりしているのは、この上馬ガソリンアレイを立ち上げた進士晃一さんは、この小さなライブハウスのステージに立ったすべての人に、彼の情を注いだということだ。
「情」って何のことだろう。
人を愛する思いのことだろうか?
人に愛されたいという思いのことだろうか?
よくわからないけれど、進さん(しんさん…進士晃一さんのことを出演者はこう呼んでいた)は、「情に厚い人」と言って間違いなかったと思う。

進さんのことを恩人のように慕う人もいれば、一方でものすごく嫌う人もいたと聞く。
人間関係っていうのは、本人同士の問題もあるから、関わりのない第三者が余計なことを言うのは無粋というもの。
それでも、このことには触れておきたい。
進さんは、決して人の悪口は言わなかったそうだ。
人を悪く言わない。その反動なんだろうか。よく酒を飲んでいた。
酒を飲まずにはいられないような思いがあったんだろう。
さみしかったんだろうな……などと、平たい言葉でくくってしまうこと自体、何だか
さみしい。

満たされない思いを抱えた人だったから、満たされない思いを音楽に注いだミュージシャンたちの気持ちを受け止められたんだろう。
そんな、止まり木のようなライブハウスが消滅しつつある今が、悲しい。

進士晃一さんがこの世を去ってから、今日(2017319日)で5年の歳月が流れた。


  現在、上馬ガソリンアレイ卒業生(出演者の方々)の情報を、ツイッター・Facebookなどで収集しています。この記事をお読みの方で、上馬ガソリンアレイのマスター・進士晃一さんをご存知の方、ぜひお話をお聞かせください。




<本ブログ内リンク>

上馬ガソリンアレイという時代 その1

上馬ガソリンアレイという時代 その2

上馬ガソリンアレイという時代 その3(杉山清貴さん)


上馬ガソリンアレイという時代 その4

上馬ガソリンアレイという時代 その5(ガソリンカレーの思い出)

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