2024年8月15日木曜日

『リッチランド』(原題:Richland/ 2023年アメリカ)

  

今日は815日。「全国戦没者追悼式」の中継で、戦後生まれが9割となったことを知りました。ちょうど今、この映画が上映されています。

 

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『リッチランド』(原題:Richland/ 2023年アメリカ)



キノコ雲は我が町の誇り

 

その「町」とは、原子爆弾をつくるために生まれた町、「リッチランド」。

アメリカ、ワシントン州南部の静かな町の地元高校には、Rという文字の後ろにキノコ雲が壁いっぱいに描かれている。フットボールチームの名前はリッチランド・ボマーズだ。

核燃料生産拠点となった「ハンフォード・サイト」で働く人々のためのベッドタウンとしてつくられたリッチランドは、現在は閉鎖された原子炉の浄化を担う人々が暮らす町となった。住民たちの誇りと不安、被爆3世のアーティスト・川野ゆきよさんとの交流……叙事詩を詠む詩人のようにカメラを静かに回すのは、アイリーン・ルスティック監督。チャウシェスク政権下のルーマニアから亡命した両親を持つ、英国生まれボストン育ちの米国人1世だ。



                                            ©︎2023 KOMSOMOL FILMS LLC



この映画を見て、ふと気づいた。自分が「被爆国で育った者」という立場でスクリーンの前に座っていたという事実だ。私自身は戦争を体験していないし、被爆したわけでもない。しかし、毎年8月になると必ず戦争について考える機会が訪れた。高校の夏休みの宿題では「原発はなぜこわいか」を読み、レポートを提出した。地元の百貨店で開催されていた原爆展に、ふらりと立ち寄ったこともある。

日本では戦後生まれが9割になったという。

でも、自分の心に灯された光が、「平和」という言葉を決して忘れることはない。

被爆国で育った自分だからできることを大切にしたいと思う。



            ©︎2023 KOMSOMOL FILMS LLC


 

 

<本ブログ内リンク>

 

『核などいらねぇ』忌野清志郎 その1 (2015811日の記事)

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2015/08/blog-post.html

 

 

講談師が語る平和 『はだしのゲン』ほか(2016815日の記事)

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2016/08/blog-post.html

 

 

<公式サイト>

 

「リッチランド」

https://richland-movie.com/#modal

 

全国順次公開中

配給:ノンデライコ

2024年8月14日水曜日

映画『風が吹くとき』(原題:When the Wind Blows / 1986年英)

 映画『風が吹くとき』(原題:When the Wind Blows / 1986年英)

 

 年月を重ねた夫と妻が肩を寄せ合う。

そんな本の表紙の背景に描かれているのはキノコ雲だ。この本を初めて手にしたのはいつのことだったろう。さりげない日常が淡々と流れる中、ラジオが突然、戦争の始まりを告げる。音のないはずの漫画から、確かに聞こえてくるのだ。警告、叫び、鎮魂……本との出会いを忘れることはなかった。

 そして今、40年近い歳月を経て映画版と出会う。

 ダイヤル式の電話やラジオを見ていると、時代の変化を実感する。その一方、40年近く経って、何が変わったというのだろう。世界情勢は一見変わったようにもみえるが、根っこにある問題はまったく変わっておらず、緊張感はさらに増しているように思える。

 

自分はいったい何をしてきたのだろう。

少しでも平和に生きることができる世の中にしようと、努力してきたのだろうか。

これからを生きる子供たちのために、“戦後という言葉をずっと守り続けることができたのだろうか。

 

                                                                         ©︎ MCMLXXXVI



 原作は、レイモンド・ブリッグズ。「さむがりやのサンタ」や「スノーマン」で知られるイギリス出身の作家だ。1982年に描かれた温かいタッチの漫画をアニメーションへと展開させたのは、崎に住む親族を原爆で亡くした経験を持つ日系アメリカ人のジミー・T・ムラカミ。音楽はロジャー・ウォーターズ、元ピンクフロイドのメンバーだ。そしてデヴィッド・ボウイが主題歌を歌う。日本の私たちには、大島渚監督によるさらに豪華な吹き替え版が。夫のジムの声を森繁久彌が、妻のヒルダの声を加藤治子が担う。

 

イギリスの郊外に住む夫婦にとって、ヒロシマやナガサキが「遠い国の話」であるように、21世紀を生きる私たちにとって、ヒロシマやナガサキ、第五福竜丸は「遠い昔の話」となってしまうのだろうか。30年以上前にやり残した宿題を、今からでも始めることはできるだろうか。

 

 

 

<本ブログ内リンク>

 

 

原作『風が吹くとき』(When the Wind Blows)

http://filmsandmusiconmymind.blogspot.jp/2015/08/when-wind-blows.html

 

 

ナガサキを想う『あの夏の日』

http://filmsandmusiconmymind.blogspot.jp/2015/08/on-that-sumer-day.html

 

 

『長崎の郵便配達』(英題:The Postman from Nagasaki

https://filmsandmusiconmymind.blogspot.com/2022/08/the-postman-from-nagasaki.html



<公式サイト>


『風が吹くとき』(日本語吹替版)

https://child-film.com/kazega_fukutoki/#modal


8月2日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開





2024年8月10日土曜日

ル・グロ・オルテイユ『図書館司書くん』 ("Le Bibliothécaire" / Le Gros Orteil)

ル・グロ・オルテイユ『図書館司書くん』

 

202488日。世田谷パブリックシアターのシアタートラムは、こどもたちの笑い声で溢れた。カナダ・ケベック州から初来日したル・グロ・オルテイユの公演初日のことだ。出演者はイポリットただ1人。彼が開館間近の準備を整える図書館司書を演じる。1人、といっても、舞台の袖から彼を叱責する上司の声が聞こえるし、彼が夢中になって本を読んでいるときは、ナレーターがしっかりと私たちにも読み聞かせてくれるから、まったくの1人ではないのだろう。マルセル・マルソーのような動きの美しさはあるけれど、しんと静まり返っているわけではない。が〜まるちょばのパフォーマンスがあえていえば近いのかもしれない。が、イポリットは彼以外の何者でもない。カエデの葉っぱ色のベストを着て赤い靴を履いた、ケベックのほのぼのとした空気を夏休みまっさかりの子供たちに運んできてくれた。

 パントマイム、ポールダンス、アクロバット、ジャグリング……1つの舞台の中ではじける技の数々。手品と違って種も仕掛けもない。そこにあるのは、肉体を極限にまで鍛え上げたパフォーマーの努力とセンスだけ。どれもこれも軽やかに、愉快に演じるイポリット。何よりも嬉しいのは、わずかなセリフをすべて日本語で演じていることだ。

「バンソウコウ」「ナンパ」「ザンネン」……意訳か誤訳か、正しすぎる訳か、慣れない発音で一言ひとこと発しているさまもまた、芸となって光る。

ステージそのものが素敵だった、それだけではない。

 

静かな図書館が、実は夢でいっぱいの場所であること。

地味に見える図書館司書が、実はとってもわくわくする仕事だということ。

 

そのことに気づいた子供たち(そして大人たち)はきっと、これからの人生がもっともっと豊かになっていくに違いないと思う。

 

 

【演出】マリー=エレーヌ・ダムール
【出演】イポリット
【声の出演+日本語指導】山積隆之介



シアタートラムの前でポーズを取るイポリットさん

(2024年8月8日撮影)




 

 

ル・グロ・オルテイユ『図書館司書くん』

は、202488日から810日まで、

世田谷パブリックシアターで上演されました。

https://setagaya-pt.jp/stage/15679/

2024年8月7日水曜日

『ボレロ 永遠の旋律』(原題:BOLERO)

  

オリンピック開催地のフランスから、豪華な映画の贈り物が届きました。

 

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『ボレロ 永遠の旋律』(原題:BOLERO

監督:アンヌ・フォンティーヌ(Anne FONTAINE


© 2023 CINÉ-@ - CINÉFRANCE STUDIOS - F COMME FILM - 
SND - FRANCE 2 CINÉMA - ARTÉMIS PRODUCTIONS

 

映画の冒頭、さまざまな『ボレロ』が流れる。

スタンダードなクラシックのオーケストラから始まり、ジャズ、マリアッチ……アフリカの子供たちも歌っている。

 穏やかに始まり、リズムもメロディもシンプル。単調な心地よさに身を委ねているうちに、気づくと大きな波に飲み込まれる……モーリス・ラヴェルの『ボレロ』はそんな曲だ。甘美でうっとりとするようにも聞こえる一方で、「工場の機械からインスピレーションを得た」と作曲者自身は語るように、無機質な感じもする。国を超え時代を超え、聴く人やそのときの状況によって自由自在に姿を変える。だからこそ「15分ごとに世界のどこかで演奏される」と言われるほどの名曲となったのだろう。

2025年は、フランスを代表する作曲家の1人、モーリス・ラヴェルの生誕150周年。アンヌ・フォンティーヌ監督は、ラヴェルの伝記映画を『ボレロの誕生秘話』という形で取り組む。原案となったのは、マルセル・マルナによる評伝 Maurice Ravel(未邦訳。フォンティーヌ監督のしなやかな想像力がラヴェルの音色と重なり合う。

ラヴェルの理解者であるピアニストにエマニュエル・ドゥヴォス、『ボレロ』の官能的な一面を引き出したダンサーにジャンヌ・バリバール、ラヴェルが恋慕うミューズにドリア・ティリエ……個性の違う粒揃いの女優たち。そして主人公のラヴェルにラファエル・ペルソナ。彼はラヴェルを演じるために体重を落とし、ピアニストや指揮者としての身のこなしを体に叩き込んだ。サウンドトラックでピアノを担当したアレクサンドル・タローが、評論家の役として出演し、元パリ・オペラ座のエトワール、フランソワ・アリュがエネルギッシュに『ボレロ』を踊る。豪華な配役だけではない。『ボレロ』を作曲するシーンは、ラヴェル本人が実際に暮らしていたル・ヴェルヴェデール” で撮影された。暗い映画館の中で、美しさと豊かさで心がいっぱいに満たされる2時間。こんな素敵な日があってもいい。

 

 

<公式サイト>

『ボレロ 永遠の旋律』

https://gaga.ne.jp/bolero

2024年8月1日木曜日

『めくらやなぎと眠る女』 (原題:Saules Aveugles, Femme Endormie)



 フランス映画祭2024で上映された、村上春樹原作の小説、初のアニメ化作品です。

 

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めくらやなぎと眠る女

(原題:Saules Aveugles, Femme Endormie

(監督:脚本:ピエール・フォルデス 2022年)



 


原作は村上春樹。

 

「かえるくん、東京を救う」

「バースデイ・ガール」

「かいつぶり」

「ねじまき鳥と火曜日の女たち」

UFOが釧路に降りる」

「めくらやなぎと、眠る女」

 

彼の6つの短編を自由に行き来しながら、ピエール・フォルデス監督は1つの物語を編み上げる。登場人物たちは幻を見るようなまなざしで、自分の居場所を探しているかのよう。映像を包み込む色彩は少しさびしげで、そして柔らかい。

父はハンガリー出身、母はイギリス出身、彼が生まれたのはアメリカだ。パリで育ち、その才能はニューヨークで開花した。映画監督であると同時に、作曲家であり、画家でもある。

 

初めて日本を訪れたのは10年前。

「日本に魅せられた、というより日本の何か“に魅せられたんだ」

I felt in love with "something" of Japan

 

雅楽と武道に興味を持ち、東洋の神秘をもっと知りたいと思った。

村上春樹作品を手にしたのは、それから後のことだ。原作独特の空気を損なうことなく、どうすればよりよい映像としてつくり上げるのか……フォルデス監督は、自分自身の心の中から湧き上がる何かを大切に、制作にかかる。こうして、村上作品原作初のアニメーションが完成した。

 

 東京の街並みが、部屋の間取りがリアルに再現されているかと思うと、おとぎの国に紛れ込んだかのような感覚に陥ることもある。フォルデス監督が描く不思議な映像、そこには繊細さと深さ“がある。そして、憂鬱と孤独の中に、救いと希望がある。

 

 この映画の制作を通して、彼は自分を魅せた日本の何か“を見つけることができたのだろうか。あるいは、その何か”は永遠に手の届かないところを漂っているのだろうか。

 

 

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<公式サイト>

めくらやなぎと眠る女

http://www.eurospace.co.jp/BWSW

 

 

配給:ユーロスペース、インターフィルム、ニューディアー、レプロエンタテインメント

 


2022/109/フランス、ルクセンブルク、カナダ、オランダ合作

原題:「Saules Aveugles, Femme Endormie

英語題:「Blind Willow, Sleeping Woman



             ピエール・フォルデス監督は、自ら「カエルくん」を演じ、その動きを

                  もとにアニメーションを制作した。

                  (2024年3月28日 東京都渋谷区にて撮影)